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僕のコンプレックス回顧録 貧しさ

貧しさっていうのは、「それをやっちゃダメ」とか、「それはできないよ」って言われたり感じてしまった時、そのままを肉体でも反応しちゃっている状態じゃないかな。

欠乏している自分を選んでいる、というとしっくり来るかな。


ということで僕の主要コンプレックスの最後、貧しさについて。


「貧乏」ってワードを投げつけられた時、当時の僕は素直に、そのものを鵜呑みにした。

ボクは駄菓子屋にみんなで行っても、お金を持っていなかった。

財布を持っていなかったんだ。

だから、ぼくは貧乏。

ぼくんちは貧乏、らしい。

そうやって言う奴が居たから、多分そうだろう。

くらいの認識だった。

このお話は小学生の時。



中学生の時もあった。

土曜日の放課後。

部活の前のお昼の時間。

僕はお弁当持参。

なぜだか他のみんなはコンビニで買い食いってやつだった。

僕はみんながコンビニに行くのに着いていった。

お金は持っていないし、別に買う必要もない、

だって弁当を持っているんだもん。

そこで一人が言ったんだ。

「貧乏」って。

なんでそう言われているのか本当にわからなかった。

だけど、子供の時に同じ言葉で言われたことがあったから、そういうもんだろうって思った。



僕はこの流れで、貧しい人になった。

被害者になったんだ。



このアイデンティティは最初、とても小さな起こりだったと思う。

だけど、高校でアルバイトを始めたりして、多少のお金を得られるようになってからは、埋め合わせのための欲求と相まって、雪だるま式に大きくなっていった。


自分で事業を始める動機の一番最初、口にしたのは、

「コレとコレとコレが欲しいから!!」

だった。


その頃、ミクシィでそんな投稿をしたら、同業種で同年代の女性から、指摘をもらった。

そんな考えを持っている浅い人間だったのか!

信じられない!と。


僕はそんなつもりで言ってはいなかった、と考えていた。

バカ言え!

それを動機にして、俺は社会に役立つことをしようとしているんだ!

って反論した。



この反論が、今ではすっからかんだった、ってことは分かっている。

僕は貪欲がエネルギーになると、本気で思っていた。

欲をむき出しで生きていたほうが、どんなに打たれても立ち向かえると思っていた。

欲を強みに変えて、とことん学んでいけば、誰にも負けない強い自分になれるって本気で思っていた。


でも、やり続けると気付き始める。

やってもやっても、今一歩がどうしても超えられない。

あと一歩のところで、モノにならなかったり、諦めたりしなくてはいけないことばかりだったんだ。

僕は結局、自分が貧しいっていうアイデンティティが、どんなにやりたいことをやっていると豪語している時でも、ちらほらと顔を出していたんだ。


ここでようやく気づいた。

自分は貧しい、ハングリーだっていうメンタルからのエネルギーには限界があるんだと。

満たされてからでないと、先には進めないんだと。

とにかく疲れ切ってしまったんだ。



この貧しさから遠いところに行かないと、僕は幸せにはなれない。

それどころか、だいぶ手前の目的でしかない、お金を得ることすら僕は無意識で拒んでしまう。



僕は、欠乏している自分から、離れることを選んだ。

自分に足りないものを、自力で埋め合わせするのを止めようと思ったんだ。


2009年9月。

ポスティング事業のはじまりが、貧乏な僕が変わるはじまりだった。


この仕事は、本当に多くの人の助けが必要で、貧しさの被害者のままの僕では、最も選べない事業だった。

なのに、それを選んだ。

それしか選べなかったくらい、追い込まれていた。


僕は自分が被害者のまま、人の助けを借りることを始めた。

人の助けが必要な自分になるために、貧しい自分にお金を集中させることをやめて、お金を分かち合える仕事を始めた。

僕は自分が助かりたいと心から願ったからこそ、多くの人と分かち合いをとことん突き詰める事業にした。



いつしか、僕にはお金は必要不可欠ではないことが、少しずつ染み込んできた。

かなり時間がかかってしまったけど、どうやら僕はお金がなくても生きていけそうな予感があるなぁと。

少しずつ、本当に少しずつ、染み込んできた。



その予感が確信に変わるまで、10年以上かかってしまった。

かかってしまった、と言ってはみたけど、これ以上に早くはあり得なかったと思う。


もし、何かの拍子に、誰かにコツやら言葉やらをいただいてしまっていたら、中途半端に分かって、また振り出しに戻っていたに違いない。

キン肉アタルが死の間際、スグルに言ってたよ。

茨の道を選べって。

文脈は忘れちゃったけどさ(笑)



とにかく、僕らの世界共通なのは、険しい道が最短距離ってこと。

これは確信を持って言える。



だから僕は嫌われてもいいから、言う。

喰らえ!って。

痛い目見ろ!って。

これ、相手を信じているからこそね。



やっぱり、人生は何を選ぶか、だね。


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アシカワナガミツ@感動・創庫
僕は『すべての人が今生あることを感謝出来る世界』を子孫に残せるよう、目一杯に生きています。 頂いたサポートはすべて、理想の世界実現に向けた活動資金として使わせていただきます。 いつもありがとうございます。