うらくろ通りに打ち水をした軒先があった。
「どうぞ、いらっしゃい」と開いた店内から声がした。店主の堤泰二さん(64歳)が週に一度だけオープンする、『気まぐれカフェ』。
二間続きの座敷、奥に趣のある中庭。土間には看板犬のロクがかつてない暑さにうなだれていた。店内は何処もが古さと懐かしさがぎゅっと詰まった佇まいだ。
昔は蝋燭屋、その後祖父の代に新聞屋へ変わった。『近江毎夕新聞』という地元密着の新聞を発行していたが後に廃業し、商業施設の煽りを受け商店街の客足も遠退いた。
寂しくなる通りを活気付けたい思いで、奥様の伸江さんとカフェを開店した。
泰二さんが豆を挽き、香り漂う傍には伸江さん手作りのお砂糖をまぶしたドーナツが置いてある。
「子どもが小さいときから食べていた卯の花のドーナツです」と微笑む。卯の花は近くお豆腐屋さん、一富士のもの。一口いただくと優しい味がした。
泰二さんの背後には多くの書籍が並び、そこにはライカのカメラ。一瞬、新聞社さんだったことを思い出させられた。
穏やかな空気感とお二人の人柄に魅せられた時間だった。
また私ものんびりしたい気分になったら、ご夫婦とロクに会いにお邪魔しようと思う。
山内
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?