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人生行路vol.3『クリスティンの夢』
ふかふかのマットレスの上を歩くかのように軽い地面、蔓延した埃と煙がフィルターをかけるようにボクの視界から色彩を奪っていく。茹だるような暑さの中、僕はフィリピンのトンド地区にあるスモーキーマウンテンにいた。
スモーキーマウンテンとはいわゆるゴミの山が数十メートルにわたり積み上げられたゴミ山のことである。気温の上昇とともにメタンガスが自然発火し、山からもくもくと煙が立ちこめている姿からそう名付けられたそうだ。
焼却を国が認めている日本とは異なり、アジア諸国の多くは様々な理由から焼却を認められていない。
そのため、多くの国が積み上げては埋め立ててという処理を繰り返している。このフィリピンという国もまさにそれに当てはまる。
そして、そこには、そんなゴミ山の中から、お金に換金できそうな鉄くずやアルミ等を探し、生計を立てているスカベンジャー(物を拾う人の意)と呼ばれる人々が生きるために働いていた。
ここでは高齢者も大人も男女も子どもも関係ない。
ボクが彼らと共に生活をしながら取材していた時、コーディネートをしてくれたのがクリスティンという14歳(当時)の少女だった。
英語が得意な彼女は、コミュニティの中でも、スモーキーマウンテン内にある学校で教える先生のサポートをしたり、幼い子ども達のお世話係をしたり、屋台で飲み物の販売をしたりと、コミュニティの中でも大変よく働く。
それでも、一度として彼女の口からは卑屈な言葉は出てこない。
それどころか、何をするにでも鼻歌まじりで、笑顔を忘れないその姿に、自分を含め、スモーキーマウンテンに住むみんなが魅了されていた。
ある日の夕方、取材の帰り道に彼女と海辺を散歩した。
「私ね、海が好きなの。泳ぐのも好き、でも眺めているのが一番好きなの。」
「クリスティンにとって海は特別なのだね。」
「そうね。」
ボクらの歩みが防波堤にさしかかる。
「クリスティンの夢って何?」
それは、ボクにとってずっと彼女に聞いてみたかった事だった。
すると彼女はボクの方を向いていつもの笑顔で答えた。
「もちろん、私の夢は歌手になること。マライアキャリーのようにね。それで、家族を養えたらうれしいわ。」
ボクは何となく日々の生活の中で彼女の持つ夢に気づいていた。おそらく、ボクだけではなく、みんなも薄々気づいていただろう。でも、彼女の口からちゃんとした言葉で聞いてみたかったのかもしれない。
「歌手かあ、いいね。」
「だって、夢を持つ事は自由よ!!私は歌手になる!!」
彼女はそう言うと、暖色に染みた夕陽をスポットライトのように浴びて、歌い始めた。
彼女の声が、高らかに水平線を駆け抜けていく。
「すごいね。もし夢が叶ったらボクがお客としてステージの後に花束を手渡すよ。」
「ありがとう!!約束よ!!」
僕は、スポットライトが静かに水面に潜り、再び夜を引き出そうとするのを惜しみながら、彼女の表情と歌声が夜に溶けるまで聞き入った。
『夢を持つ事は自由』
その言葉が、フィリピンを離れても、日本での日常に戻っても頭を離れようとはしなかった。
それは何よりも希望に満ち溢れた言葉だったからだ。
そうだ、きっと夢は願う先に実現していくものなのだ。
歌うステージは自分自身で決めれば良い。
彼女の強い情熱は、きっと周りを取り込み、やがて、夢へと近づけてくれるはずだ。
ボク自身が、彼女の姿を見てその使命を抱いたように。
どんな環境の人たちでも自由に夢が見れて、目標に向かって進んでいける環境の構築。
やってやるさ。
決して冗談なんかではない。
もう、君の夢はボクらの夢なのだから。
届け、この情熱、この想い。
2007 フィリピン
※これは当時の手記をもとにした回顧録です。現在は国の情勢、環境等も変わっているため、同様の事象が起きているとは限りませんのでご了承ください。