「現代経済学の直感的方法」と「人新世の『資本論』」を読み終えて
SDGsなり環境問題なり格差問題なり、考えようとすると必ず「経済との両立」の壁にぶち当たります。現状の課題や問題を解決しようとすると、経済活動にブレーキを掛ける行為となり、そうするとその弊害によって、元来解決しようとしていた問題よりも多くの被害・損害が出てしまうという話になります。そうであれば、この「経済」というもの、つまり「資本主義」のシステムをきちんと理解した上でないと問題が解決しない、という事です。そんなわけで資本主義に関する最近の本をひとまず2冊読んでみた、というところです。
自分としては、資本主義を根底から否定するつもりはありません。ソ連をはじめとする共産主義国家、所謂東側諸国は90年代に崩壊しました。資本主義国家、いわゆる西側諸国に敗れた形になりましたが、なぜでしょうか。様々な要因があると思われますが、私は、資本主義の「健全性」、共産主義の「不健全性」に一番の主要因があると考えています。資本主義は、純粋に欲望を肯定するシステムです。金を持ってる者が強い者、売れてる製品が良い製品、お金を儲けたいという欲望に向かって努力をし競争に勝つことが求められるシステム、そんなところです。計画経済や平等主義を謳いながら、その実一部の権力者が私欲の限りを尽くしていた、そんな共産主義よりは何百倍もマシなシステムだと思っています。しかしながら、今の資本主義のままでは、地球環境の観点で破綻が見えてきています。そのためには資本主義を修正して「軟着陸」しないといけない、そういう思いです。
まず1冊目、「現代経済学の直感的方法」(長沼伸一郎著、講談社)ですが、著者の長沼伸一郎氏は、経済の専門家ではなく、物理学の専門家です。理系の立場から経済を読み解く、という、かなり自分に近いスタンスと感じました。この本の中には、物理屋らしく、単純化したモデル、思考実験的なものが多く出てくる、というのが特徴と思います。この本の内容は多岐に渡りますが、キモは最後の第9章に書かれた「縮退」という概念に集約されると思います。
・生物の生態系でも経済の市場であっても、良好な状態においては、多数の個体がそれぞれ相互関係を持ち、その相互作用のパラメータは全て適正値にそろえておかないとバランスが崩れてしまう。そのため取りうるパラメータのセットは数種類しかなく、絶妙な値にする必要がある。
・ところが、時間が経つにつれて、寡占化が進み主たる個体の種類が減少していく。影響度の大きい相互作用の数が少なくなり、そのパラメータは影響度の大きい相互作用のみが重要となり、それ以外の相互作用のパラメータは全体に影響を与えなくなる。この過程が「縮退」である。縮退した市場は希少価値の点で劣化していると言える。
・縮退が進む過程において、しばしば金銭的な富が引き出され、市場規模が拡大したように見える。これはエネルギー準位が高い状態から低い状態に移行したときにエネルギーが発生するようなものであり、実態としては経済が発展したのではなくもともと持っていたポテンシャルから引き出されたものである。具体的な例として、例えば昔は夕食では一家団欒をしていた、というのが、皆がバラバラになって各部屋でテレビを見る、ということになれば、テレビの消費が増えることになる。また、長期的な願望(理想)より短期的な願望(欲望)優先することで、より消費が増える、といったことが挙げられる。また、「ごみ」も縮退によって生まれており、伝統的な生活では無駄に物を捨てることは無いが、効率を重視することにより不要な物がごみとして捨てられることになる。
・1990年代くらいから、実質的な経済成長より、縮退による成長の方が大きくなっていると考えられる。1990年代時点で、米国の国内総生産が年間7兆ドル強であったのに対し、投機のために動く資金は1日当たり1兆ドルとなっている。
・高度な文明とは大量のエネルギーや情報を使うことで、より大きく、より速く、より快適になることだと錯覚していたのだが、むしろ真の「高い文明」とは、人間の長期的願望が短期的願望によって駆逐されるのをどう防ぎ、社会のコラプサー化をどうやって阻止するかという、その防壁の体系のことを意味していたのではないか、と考えられる。
・縮退に対抗し得る力として、人間の「想像力」を想定する。人間が幸福と感じるのは、物やサービスそのものを外部から提供された時点で発生するのではなく、その可能性などの想像力が発生した時点で生まれるものである。現在の閉塞感はこの想像力の欠如、活路・呼吸口の欠如によるものである。この呼吸口には、人と人との繋がりなどを想定する。縮退の少ないように巧妙に作られた伝統的な制度というものは、実はそれ自体が一種の「資源」なのである。
・・・という訳で、最終的には結論があるような無いような、という感じになってはいますが、この「縮退」という概念は、現在の状況を非常に的確に示していると考えられます。対抗策としてはやや伝統回帰のような部分があるのですが、昔からある制度やシステムに価値がある、という考え方には共感できる部分はあります。また、今「新しいビジネスモデル」などと言って持てはやされているものは、実はこの縮退の一形態であることが多いように思います。さて、この本の中では、欲望(=短期的な願望)は縮退を進める要因となっていますね。理想(=より長期的な願望)にシフトすることが縮退を止める要因と考えられます。このような経済の本で、そういった人の生き方に言及されるというのは予想していませんでしたが、それくらい難しい話だ、ということなのかもしれません。
続きまして2冊目、「人新世の『資本論』」(斎藤幸平著、集英社新書)です。この本は「資本論」とある通り、マルクス経済学、特に晩年のマルクスの思想をベースとしたものとなっており、また前書きに「SDGsは現代版『大衆のアヘン』である」と書かれており、現在の気候変動問題やそれに対するSDGsのような活動を意識したものとなっています。まさに、自分が考えているものと同様のスタンスです。
著者の斎藤幸平氏は大阪市立大学大学院の経済学研究科准教授ということで、経済の専門家です。本書には現時点でのデータが随所に見られ、データベースとしての価値も高いものとなっています。こちらも内容は多岐に渡りますが、要旨をまとめてみたいと思います。
・帝国生活様式、グローバル・サウス、外部化社会。いわゆる「南北問題」の話。先進国が享受している豊かな生活は、グローバル・サウス(=グローバル化によって影響を受ける最貧国)の犠牲によって成立している。そしてそれは、通常は意識することのない外部社会となっているため、問題は存在し無いことにされるか、もしくは先送りされてきた。ただし、地球が1つであるため、影響を受けずにはいられなくなってきたのが現在である。
・気候ケインズ主義、グリーン・ニューディール。再生可能エネルギーや電気自動車を普及させるために大規模財政投資を行い、経済成長を促進させるのがグリーン・ニューディール政策。しかしながら、工業製品や食料の生産の大半をグローバル・サウスに依存している現在、先進国でこれが成功するように見えるのは見せかけ・まやかしでしか無く、本当に必要なのは「脱成長」である。
・コモン、コモンズ。これがこの本の中での一番重要なキーワードである。晩年のマルクスの思想として登場する概念であり、水や電力・住居・医療・教育といったものを公共財として、自分達で民主主義的に管理することを目指す。元来土地や水といったものは無料で手に入る物であったが、資本主義による「排他的希少性」「人工的希少性」により、お金が無いと手に入れられない物となった。資本主義によって、コモンズは解体させられた。
・脱成長コミュニズム。マルクスの思想の変遷として、「共産党宣言」「インド評論」における生産力至上主義、「資本論」第一巻における「エコ社会主義」、そして晩年に到達するのが「ゴータ綱領批判」「ザスリーチ宛の手紙」における「脱成長コミュニズム」である。ただし、マルクス自身の著にはその詳細が具体的に書かれていないため、それを引き継ぎ完成させる必要がある。その実践例として、世界中で起きているワーカーズ・コープを挙げる。
・脱成長コミュニズムの柱は大きく5つにまとめられる。①使用価値経済への転換 ②労働時間の短縮 ③画一的な分業の廃止 ④生産過程の民主化 ⑤エッセンシャル・ワークの重視 である。これらにより、現在の資本主義の問題を超越した社会を実現する、と説く。
・・・さて、この本においては最後に結論があり、「脱成長コミュニズムを目指す」こととなっています。ここから先は私個人の意見になります。ここに書かれている内容、目指すべき世界やシステムについては概ね同意できます。しかし、「これが現実的に可能か?」という点、また「元の資本主義に戻ってしまわないのか?」という点が疑問として浮かんできます。
おそらくこのシステムを実現し維持するためには、強力な「掟」と呼ぶべき自治の強制力が必要に感じます。そうでなければ、すぐに効率化を求めての分業化や希少性の創出に邁進してしまう懸念があります。また、現在の経済は自国で閉じることは不可能で、他国との競争にさらされます。その際に十分な国際競争力を持てるのか、そうでなければ旧ソ連をはじめとした共産主義の二の舞になってしまうと予想されます。
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2冊の本を読み終えまとめるのにかなり時間がかかってしまいました。なかなか確信を得るところまで至りませんでしたが、無限の成長を前提とした資本主義が破綻しかかっているのは明らかで、これらの著がその解決の取っ掛かりにになると思いますし、自分も研鑽を積んでいきたいと思います。