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scoop_kawamura
情けない
安部公房『けものたちは故郷をめざす』(新潮文庫 昭和45年)を半分過ぎまで読んだ。
この小説は、文庫本裏のあらすじから一部引用すると「ソ連軍が侵攻し、国府・八路軍が跳梁する敗戦前夜の満州、敵か味方か、国籍もわからぬ男とともに、ひたすら南をめざす少年久木久三」が主人公だ。
31ページ目で、久三の母が、戦闘の流れ玉に腰をうちくだかれてしまう。ソ連軍侵攻の混乱の中で、医者はまともに母を診てくれない。
母の勤め先の工場長に相談しても、
「こういうときに、他人をそうあてにしちゃいかん。……(中略)まあ様子をみるんだな。そのうち、落着いたら、またなんとか考えようじゃないか。おたがい、居所は分かっとるんだし……」
と、言われてしまう。さらに、持っていると危険、ということで、現金や貴重品を自分に預けるように指示され、久三は応じるしかない。
その、すぐあとのシーン。
四時すぎると、寮の中はしんとしてしまった。「情けないことになった、情けないことになった……」と単調にくりかえして母は泣いた。
ここで、久三の母が言っていた、「情けない」というセリフは、このあとにも出てきて、久三とともに南を目指し歩いていた謎の男、高が、瀕死の状態になり、意識を取り戻したあと「情けないことになったな。」と言う。
わたしは今までにも、戦争が題材になった小説や映画などの中で、この「情けない」というセリフに、何回か遭遇している。
戦中や敗戦直後の人々の「情けない」という言葉に出会うたび、苦く重いものが、腹に溜まっていくように感じる。
「情けない」はきっと、これからもわたしの腹に、苦く重く溜まり続ける。生きている限り、溜めていかないといけない。