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切ない話し

僕が育った時代というのは、物をたくさん持つことが豊さだと感じた時代だったと思います。
人の持っているものは自分も持ちたい、人の持っていないものを持つことで
優越感を感じたい。
そんな時代だったので、物はどんどん増えていき、狭い家には物があふれるといった状態でした。
それは、どこの家でもそうだったので、特別なこととは感じませんでした。
それが昨今、なにか物を持ちすぎることは、カッコ悪かったり、へたすると罪悪であったりするんじゃないかという風潮を感じます。
断捨離という言葉が流行し、要らない物は捨てて、シンプルな生活をすることがいいんだ!
みたいな風潮の中で、人々は家の中の要らないものを探して出して、どんどん捨てていく。
そう言われてみれば、僕にしても何年も着ていない洋服がクローゼットで、かなりの幅を利かせていたり、何年も開けていない箱の中に、子供の頃から持っている他の人からみたらガラクタでしかないものが詰まっていたりと、確かになんとかした方がいいと思われる物に溢れています。
そこで僕も重い腰をあげて、いらないと思う物は捨てて行こうと、なにかの機会があれば断捨離を断行するわけです。
断捨離が難しいのは、物には【想い出】という付加価値が付いている部分です。
この付加価値は個人にとって、とても価値があり、他人にとってはなんの値打ちも見いだせないものでも、かけがえのない物であったりします。
しかし、そんなことを言っていてはなにひとつ捨てることができなくなってしまうので、えぃ!と気合を入れて色々な物を袋に詰めて、別れを告げます。
そんなことを何度か繰り返してきたのですが、もう20年以上の年月、捨てられずにいたものがあります。

カセットテープです。
僕らの時代の音楽を聴くためのマストアイテム。
今のように簡単にダウンロードなんてことはできません。
ラジオの前に陣取り、好きなアーティストの曲がかかると同時に録音ボタンを押して録音します。(エアチェックなどと呼ばれてました^^)
これも当時、再生と録音ボタンの同時押しという作業をするので、どうしても音が入るんです。
その音をいかに小さくするかが、各人の工夫、テクニックの見せ所だったりもしました。
それからレコードのレンタルがはじまり、足しげくレンタル屋さんに通ってはお気に入りの曲をカセットにダビングしてオリジナルのテープをつくりました。
シングルレコードを借りてダビングするので、1本が完成するのに数か月かかるのは普通のことでした。
そして更に手間をかけたのがインデックスカードです。
元々付いているものではなく、自分の好きな画用紙を買ってきてそれをインデックの大きさに切り、そこに文字を書き込む。
どんな文字でどんな大きさでとか色々と考えて書きますから、1本のカセットテープが仕上がるまでには、恐ろしく時間がかかりました。
ワープロが普及し始め、インデックもワープロで打とうとすると、もちろんフォーマトなんてありませんから、何度も何度も試行錯誤して、綺麗に打ち込む方法を模索しました。
そんなテープが数百本あるわけです。
もちろん、もう聴きませんし、聴けません。
再生するツールがないんです。
何年か前までは、カセットデッキも持ってました。
しかし、このカセットデッキというやつが、なかなか困った代物で、使わずに何年も置いておくと、ダメになります。
回転の為のベルトが使わないとどんどん劣化して回らなくなります。
使いもしないのに何度か新品に交換したりしましたが、その度に1万円とかかかるわけです。
カセットテープは大切なんですが、持っているだけで、聴くわけではないので、いつしかカセットデッキも手放して、カセットテープは音楽が詰まった媒体というより【想い出】の詰まった媒体として存在していました。
もちろん、テープの中の音楽を、MP3に変換するということはできますし、
今はかなり簡便にできるツールも安く売っています。
当初はそれで音楽をMP3に変換するつもりでおりました。
しかし、どう考えてもできない。
そう結論しました。
倍速とかなさそうなので、数百本のカセットテープを1本づつ変換していく作業を考えると、とてもその根気は今の僕にはない。


そして、来月、当家は引っ越しをすることになりました。
遠くに行くわけではなく、ほんの少しの距離の引っ越しです。
しかし、これは最大、最後のチャンスです。
僕はついに妻に、「カセット、捨てるわ」と宣言しました。
妻は「そしたら、私が捨てといていい?」と聞かれたので、「ええよ」と
答えました。
妻は、捨てるとは言っても僕に任せていては、結局捨てずに終わってしまうのではないかと考えたのかもしれません。
そんな会話があった1週間後くらいだったでしょうか、その日は土曜日でした。
僕は土曜日も仕事をしているのですが、土曜日は普通の日より早く帰ります。
マンションの車庫に車を入れると、その日はゴミ収集がまだ来ていませんでした。
土曜日は稀にそういうことがあるので、特段気にすることもなく、車を停め
ゴミの積まれた横を通って通用口からマンションに入ろうとした時に、見覚えのある文字のインデックスのカセットテープが無数に入っている大きなゴミ袋が目に入りました。
「うっ、、、、」
しかし、立ち止まりませんでした。
立ち止まらず、エレベーターの前に行き、それでも、今なら間に合う、ゴミ袋をそのまま家に持って帰ればいいだけだ。
そう考えました。
そう考えながら、扉が開いたエレベータに入り、後ろで扉の閉まるのを待ちました。
できれば、知らない間に捨てられている方がよかったようにも思いましたが、あれは、カセットテープが、僕に最後の別れを言うためにあそこにいたんだな、そう、思いました。

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