海外逃亡者noteカバー_5_

海外逃亡者(5)

2月から4月終わりまでまったく仕事にならかった。
仕事どころではなかった。
なにをやってたんだ?と自分でもバカらしくなる。

起訴できるだけの証拠を集め毎日追い込みをかけていく。
手練手管であいつも嫌がらせをしてくる。

4月20日23時過ぎに自宅で逮捕される。

現在はニュース記事が消えてるが奴の名前で検索すれば出てくる。
懲役刑に最後はなっており、僕への復讐の執念を誓った金の無心を僕の知り合いに送っていた。
みなバカにして笑っていたがどこか祭りが過ぎ去ったように感じた。

最後まで納田に騙されていた” M ”は後悔の思いから「私の愛した詐欺師」というタイトルで12回におよぶ経緯をfacebookで綴ってくれた。 彼女は、信じて愛して裏切られた傷は計り知れない。

逮捕当日も説得むなしく、東京から新大阪へむかっており迎えの来ない駅で信じたくない事実を知ることになる。facebookの友人に彼女が心配だったので付き添いをお願いして翌日東京へと戻り元の生活へと戻った。
危うくマンションと家庭を捨てるところだった。

被害者” I ”さんと” T”さんで追起訴をしようとしてたところ、皆女性で旦那にしられたくない思いがありこのまま静かに過ごしたい。と申しれがあったのでこの件は蓋をすることになった。みな多額のお金が騙しとられ脅されその穴埋めに生きていくことを選んだのだ。

あれだけ毎日盛り上がりをみせたが潮がひくようにあっという間に皆姿を消していった。
熱しやすく冷めやすいというよりも皆、行き着くところの結末まではお付き合いはしてくれないのだと思った。
裁判や逮捕という言葉軽く口にするが実際は避けて通りたいのだろうと感じた。

僕も仕事に復帰するまで1ヶ月なにもする気が起きなかった。

そして・・・
不思議なことがこの後起こる。

1年後、僕は北朝鮮にあさりを買いに行ってた。その時出会ったシュウくんと青島のスタバでコーヒーを飲んで他時だ。シュウくんのwechatに電話がなる。その時視界に入ったアイコンが一瞬記憶に結びついた。
電話が終わるとシュウくんに尋ねた。

「今電話した人、” I ”さんって言う人じゃないか?旦那さんが食品輸入やってる。」

「え!なんで知ってるんですか?」

まさかこんなところで、つながるなんて夢にも思わなかった。
僕から” I ”さんに連絡することもなければ二度と会うこともないと思っていたが人の縁は不思議なものだなと思った。周りに回ってくる線のようなものを人の中に感じ年々それが可視化されていくように感じる。人の生き死も同じく。こんなことが一回や二回じゃなくて数えきれない縁の中に自分が活かされていることをこの10年見続けている。毎年確信にかわり一呼吸だけ同じ空気や視界に入れば感じ取れることもある。

小学低学年の時に、田舎の石川県に毎年盆には夏休みに帰ってたのだが「今年は行きたくない」と親父に言うとひどく怒られ「お前は一生根無し草で生きるのか!」と怒鳴られ二度と行かなくていいと言われ行かなかった。
今でも覚えてるということは僕は覚悟したんだ「根無し草」で生きること。
幾度となく根をはろうとしてみるがうまくいったことがない。
あったとしても一時的なものでしかない。
僕の家族には申し訳ない思いでいっぱいだ。
納田のこの事件で無駄に巻き込まれる形になってしまった。

ある日
特殊な能力をもつ2人に似たようことを言われた。

「夢の中で、テレビをつけるとあなたが海外逃亡してる夢をみた。」

「君は、アメリカに逃亡して証券市場に大穴を開けさせた人物に似てる。」

僕が海外逃亡する1年前だ。

そうして、正夢にそれはなったし番頭と呼ばれるようになった。
この事件が「安住こそ毒」という考えを僕に与えてくれた。

このことを綴れるようになるまで長く時間がかかった気がする・・・・。


40才になったので毎日書く修行です。