見出し画像

本を読む【育休394日目】

「読み聞かせ」という言葉が浸透して、しばらく経つと思います。ただこの「読み聞かせ」という言葉だけ、文字だけ見ると、私は違和感を覚えてしまうことがあります。

「読む」+「聞く」+「させる」と分解してみると、その違和感の正体に近づくことができました。「読む」も「聞く」も、動詞として働きます。「〇〇を読む」や「△△に聞く」など、どちらの場合でも主語は自分になります。しかし「させる」をつけることで、意味が一転します。「〇〇させる」とは、「対象にこちらが〇〇させる」という形になります。ほんの少しの違和感です。しかし、そんなことは関係なく、絵本を読み、聞かせてあげることは有益なものですから、気にしなくていいものかもしれません。

そんなとき、「読み語り」という言葉を知りました。同じところで引っかかっている方もいたようで、この言葉ができてきたという説があったそうです。

「してあげている」感の強い「読み聞かせ」とは異なり、子供(対象)が読みたい聞きたいに関わらず、こちらが「読み語り」たいという主体が保たれるというわけです。

絵本を読んでも聞いてくれない…という悩みは、実は感じなくていいものなんです。子供が読んで欲しい、聞かせて欲しいと思えば、絵本をもって訴えてきます。「読み聞かせ」しなきゃ!なんてありません。

この子に「聞かせたい」ではなく、この子に「語りたい」。

「聞かせたい」だと、「聞かないから困る」。でも「語りたい」なら、「私が語りたいだけ、聞かなくてもいいよ」と。この違いは、もしかすると、心を穏やかにしてくれるような気もします。

そろそろ絵本を準備しないと…絵本を読んでいてもなかなか聞いてくれない…と悩んでいる方。少しだけ、言葉の捉え方が少しだけ変えられるのであれば、お試しくださいね。

娘は絵本を噛んだり、舐めたりしますし、1ページ読んだら次の絵本にしてと訴えてきます。初めは、読んでも聞かないし、いいかなと思っていたはずなのに、絵本を読みたいと持ってくるようになりました。お風呂あがりに絵本を持ってきて、ひざの上に座ってくる娘はなんとも愛おしいものです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?