風の道をつくる
神戸(私にとっては灘区といった方が正しい)は風で時間がわかる。朝は東から、午後には徐々に南からの風になる。夕方は明石海峡から西風が吹き、夜には摩耶山(六甲山地の一つ、灘区の背山)から街に風が吹き下ろす。風の吹かない凪の時間を含めて1日で風が一回りする。摩耶山では夕方強めの西風が吹くことが多い。決まってだいたい4時ごろ。ひょっとしたら日時計のように風時計がつくれるかもしれない。もし風時計ができたらApple Watchより欲しい。
もちろん風はどこでも吹くけど、神戸の風はどこから吹いているのかわからないぼんやりとした風ではなく、はっきりとした風が吹く。有名な六甲おろしは西からの冷たい季節風が六甲山の絶妙な角度で反射され、山から街に吹き下ろす風。かつての灘地方ではこの冷たい六甲おろしが、灘酒を醸すのに役立った。個人的に一番好きなのは夏の夜に吹く山風。南北の道に出るとひんやりとした風を感じる。もっとわかりやすいのは川。川は水だけではなく風も運んでいる。摩耶山から海まで流れる都賀川の遊歩道に降りると、上流にエアコンがあるのかと思うくらい涼しい。大阪や京都と比べて神戸の夜間の温度が低いのは、この山風のおかげだそうだ。風は気圧の高い方から低い方へ流れる空気の動きで、気圧の差は温度によって生まれる。日中温められた空気は軽くなって六甲山を登る。夜になると山上で冷やされた空気が谷に沿って降りてくる。山を登り降りしているのは人間だけではない。そして人間が登り降りしてもちっとも涼しくならない。
神戸の風は山と海によってつくられているといってもいい。もちろん風は人もつくることができる。扇風機を回せば風が吹くし、うちわをあおげば多少は涼しいけど、あれは近くの空気を無理やりかき混ぜてるだけに過ぎない。去年から摩耶山で「風の道」をつくるワークショプを開催している。森の中を風を感じながら歩く。すると風が吹いていない場所が見つかる。たいてい笹が生い茂って少しムッとする場所だ。そこで立ち止まって本来風が吹くはずのラインを読む。ラインが見つかったら笹を鎌で刈っていく。すると不思議なことが起こる。刈り取った笹の隙間に向かって風が動き始める。その刹那、森に風が流れ込み、木が揺れ、鳥が囀り始める。参加者一同歓声。子どもの頃、雨あがりの水たまりにスコップで溝を掘って小さな水路を作って水を流して遊んだ。あれに近い。人は風はつくれないが、風の道をつくることはできるのだ。
六甲山の笹藪につくられた獣道は、イノシシが好き勝手に歩いた跡というだけではなく、風の道としても機能しているらしい。風を読んでいたのか。すげえなイノシシ。このことは六甲山で営まれているほんの小さな現象に過ぎない。六甲山は一つの生命体としての巨大なネットワークが張り巡らされている。その結果、風や水が動き、街に住む我々はその恩恵にあずかっている。六甲山は宇宙だ。そう考えるとロケットに乗って宇宙なんかに行ってる暇はない。そんなことより裏山に風の道をつくってイノシシの役割に近づきたい。