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【『小鳥、来る』聖地巡礼04】とらやん

「ろいえ」
声がして見るととらやんがいた。
とらやんはからだがねじれていた、ねじれたからだで商店街の名前を書いた紙をはりつけた、その日は何とか酒店と書いていた、棒につけた板を両手で抱えて歩いていた、サンドイッチマンと言うのだと父に聞いた、
(山下澄人『小鳥、来る』P66)

とらやんは映画館やパチンコ屋の宣伝をするサンドイッチマンで、ねじれた体でびっこをひきながら水道筋を歩いていた。手にはカスタネットを持っていてときどきカチカチ鳴らす。ときどき止まって半笑いで道ゆく人を眺める。大人は目をそらしていたけど、僕は凝視していたので完全に形態模写ができるようになった。とらやんは話にくそうに話す。おちょくる子どももいた。らいやんという人もいた。

水道筋には白い帽子と白い服を着て足のない人が座っていた。「しょういぐんじん」と言うのだと母親から聞いた。手のない人もいた。特にあだ名はなくて、手のないおっさんと呼んでいた。手のないおっさんはいつもベージュの工場の制服を着て、工場のマークが入った帽子をかぶり、手の先には服と同じ色の毛糸の帽子みたいなものをかぶせている。

『小鳥、来る』には、他にも牛女と固まるおっさんなどが登場する。この二人は知らない。近所に「でばはち」というばばあがいた。歯が8本出ているからでばはち。数えてみたことはないから本当の本数はわからない。でばはちは阪神西灘駅前のアパートの2階に住んでいて、2階に上がる階段の手すりに拾ってきたものをいっぱいぶらさげていた。白髪でぼさぼさの頭をしていたので、父親は「やまんば」と呼んでいた。でも「でばはち」の方がセンスがいいと思う。

でばはちはいつもぶつぶつ言っている。子どもたちはでばはちを見つけると「でばはちでばはち」とはやし立てる。当然でばはちは怒る。でもぶつぶつ怒るので何を言ってるかわからない。一度手に持っている紙箱の中からカミソリをだして追いかけてきた。怖くて母親に報告したら「あんたらがばかにするからでしょ!」とたしなめられた。今なら確実に通報案件だろうけど、当時の親たちはそんな野暮なことはしない。

最近(といっても15年くらい前)山手幹線にはパソコンのキーボードを持ち歩いて四六時中歩いているおっさんがいて「ヤマカンのキーボー」と勝手に名付けた。キーボーはときおり立ち止まって小刻みに上下に体を揺する。そしておもむろにひざまずき、キーボードを地面に置いて何かを入力しはじめる。いや、キーボードはパソコンにつながってないので、ただパチパチとキーをたたいているだけ。ひとしきりたたき終えると、また立ち上がって歩き出す。夏の暑い日、都賀川で水浴びをするキーボーのかたわらにはキーボードが置かれていた。

みんな月へ行ってしまった。

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