ーーー数年後ーーー
アンジュは美しく成長した。それはもう言葉に尽くせぬくらいに。
流れるストレートの金髪はもちろんだが、まつ毛も長く、色素が薄い、これまた金色。瞳の色まで金色に光る。肌は白く、赤ちゃんだったあの頃のままの…「もち肌」…というものだろうか。頬と唇は健康的な薄桃色だ。
今はまだ少女だが、捨て子であっても妙齢になれば引く手数多になるんじゃないだろうか?と、身内贔屓かな?
対する俺は、街の人たちと世間話くらいは大分できるようになった。
アンジュのお陰が大きい。
アンジュを拾った次の日からはもうずっとアンジュは街のみんなから大の人気者となっていた。やれ将来は絶世の美女だろう、そのうち大金持ちにでも見染められて良いところに嫁ぐんじゃないか等、アンジュを抱っこして歩くだけでかなりの人たちに声をかけられたものだ。
(アンジュがお嫁にねえ…)
ちょっと複雑だが…こんな暮らしより、アンジュには良いのかもしれない。
「隙ありぃーーーー!!!!」
ぼすっとした衝撃が俺を襲う。
うーん…ひとつ、問題があったな…。
「アーンージュぅ?」
「ジャンティ、ジャンティ!!お腹すいたお腹すいた!!一緒にお菓子食べよっ!」
「もぉ、いちいち抱きつくのはやめろよ。ってゆうかお菓子なんて贅沢なもの持っているわけないだろう」
アンジュの食い意地の悪さと、このしょっちゅう誰彼構わず抱きつく(襲いかかる)癖さえなんとかなればなぁ…。本当に惜しい。
そんな俺の心中を全く察することもなく、アンジュは呑気に話を続ける。
「それがね!知らない男の子からもらったの、胡桃とチーズのお菓子みたい!お口サッパリお菓子なんだって!甘いのも食べてみたかったけど…でもジャンティとトレショと食べようと思ってお仕事終わるの待ってたんだよっ!嬉しい?偉い?」
うん、男の子から、しかもお菓子なんて高価なものをもらった、というのが少々ひっかかるが、いい笑顔が満面に溢れてる…「偉い偉い」とかいぐり。そして丁度トレショの姿が見えた。
「トーレショ!!トレショーーーー!!」
ブンブンと大きく手を振る。周りの人たちもアンジュの大声に振り返り、微笑ましそうに笑う。「アンジュはいつも元気ね」とか「うちの娘に欲しいくらいだ」だの、果ては「嫁に来てくれねぇかなぁ」とか聞こえてくる。取り敢えず、そんじょそこらの人たちにはアンジュは渡すもんか。闘気をメラメラさせる俺。
「おぅアンジュ!今日もご機嫌だなぁ」
こちらもいつもと変わらずのニカっとした笑顔のトレショに、アンジュは駆け寄り菓子をチラつかせ、ニヤリ。
「トレショさんよ、ここにひとつのお菓子があります」
「ほうほう、それでそのお菓子はどこで手に入れたのかな?アンジュお嬢さん?」
「見知らぬ男の子が突然渡してきてくれたのですよ、トレショの旦那?」
トレショの旦那、って…そこはもっと言いようがあるんじゃないか?ミスタ・トレショとかさ。
へぇ~、とニヤニヤするトレショにアンジュは続けた。
「なんでも胡桃とチーズのお口サッパリのお菓子だそうですの。ジャンティとトレショと3人で食べようかと思って!」
よだれを拭きなさい?マドモアゼル?
「胡桃とチーズのサッパリしたお菓子…それ、ちょっと見せてもらえるか?…ん…あぁ……」
と、困ったように
「これ、もらっちゃったのか…」
「うん!!なんだか知らないけど、とある人が私にって。男の子に誰からのものか聞いても教えてくれなかったんだけど……まずかったのかな?かなぁ…」
はぁ~と大きくため息のトレショ。
「いいかいアンジュさん、そのお菓子はだな、カンノーロといって、それはそれはふかぁ~い意味を持っているのだよ」
「深い意味って?」
アンジュより先に俺が問う。
うむ、と深くうなづくトレショ。アンジュもなんだか焦っている様子。
「つま先のすぐ近くの島の感謝祭の時に特別に作られる菓子でな、焼いたパイ生地にリコッタチーズのクリームとか入れてだな…これには胡桃も入ってるみたいだが…その」
珍しくトレショの歯切れが悪い。待ちきれなくなったアンジュがトレショに問う。
「ねえ、これなんの意味あるの?もらっちゃまずかったの?」
トレショは、何故かチラリと俺を見る。
「…たぶんまずかったと思うぞ」
アンジュはショックを受けた顔をした。とはいえきっとお菓子を食べれないことに対してのショックなんだろうな…。
打ちひしがれるアンジュを尻目に俺はこっそりトレショにその「カンノーロ」とかいうお菓子の意味を聞いた。
ゴニョゴニョゴニョ…。
「…うん?それは……うん、うん……そいつを探して殺そうか」
「……ジャンティさんよ…」
黒いオーラを放つ俺。
「アンジュ拾ってから、大分性格が変わったよな」
とにかくアンジュは目立つ。街の人たちに聞き込みをしまくってそのカンノーロを渡したらしき少年までは突き止めた。突き止めて、問い詰めた。
「で?誰に頼まれた?」
少年は最初こそぶすーっとした対応だったが、次第に俺が抑えていた禍々しいオーラを感じ取ったのか、徐々に冷や汗までかいてきている様子だった。
もう30回ほど目の同じ質問に、少年はとうとう口を割った。
「ぺ…ペルドル…様……」
(ペルドルといえばこの街の領主の息子じゃないか…。)
よりによって領主の息子から求愛されるなんて…しかもアンジュは実質OKの返事をしてしまっている。
(これは困ったぞ)
俺は教会裏で、大きな天を仰いだ…「Jesus…(ジーザス)」
***
「ペルドルくらいの身分なら直接そういう関係になりましょうとでもいえばいいのになぁ」
「トレショ?」
作業の手を止め、にっこりと黒く光る笑みを見せて詰め寄る俺。
「いや!いや!それはそれで困るよなー!」
思い切りの棒読み。そして一転して真面目な面持ちになるトレショ。
「でも、なんで領主の息子様ともあろう御身分のペルドルが、そんな俗な求愛の仕方を回りくどくしてきたか、だ。これは推測なんだがよう、領主様…お父上は認めてないんじゃないか?アンジュも成長したとはいえまだまだ子供だし、何より身分違いだ」
「俺が7歳の時にアンジュを拾ってるから…少なくともアンジュは今10歳くらいか…あ、ところでトレショは一体いくつなの?」
「いい男には秘密のひとつやふたつあるもんだぜ?」
いつものニカっとに加えて、ウインクまでしてみせる。
(出会った時は俺も子供だったから、当時はトレショが大分年上に見えたものだけど……今になって見ると、案外若いよな…20代、かなぁ、たぶん)
トレショが一体何歳から親無しなのか、なんで子供の頃から働きながら1人で生きてきたのか、そういったことはトレショと過ごしてきたこの10年間、聞いたことがない。ただ幾つかわかるのは、トレショは意外と博識で、芸術(特に絵画)にも明るいということだ。あとは、底が抜けるくらい前向きで明るい。怒ってるところも泣いてるところも弱音を吐いているところも今まで見たことがない。
「ある意味トレショも天使みたいだなぁ…」
「ほぇあ!?」
しまった!声に出てた!
「いや!いやぁ~そのさ」
と、なんとか取り繕おうとして言葉を詰まらせそうになった瞬間だった。
バタン!!!
「トレショ!ジャンティ!大変だよ!アンジュちゃんが!!」
知らせを聞いた瞬間、俺の頭の中が沸点に達した。
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