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原子心理学実験レポート006:空の雫2/たましいの還る場所
たましいの還る場所/S-side
空気よりやや低い非生物的な温度を保っている、ごわついた布ごしに触れる肌が、すぐに僕の手の熱がK君の体温に行きどまってじわりと熱を持つ。君のためにと願うことが罪なら、僕は罪のままでいい。心音と心音を合わせるように、きつく背中をかい抱いて、窓の外から流れ込んだ夜気に冷えた耳と耳が触れる。目を閉じる。君に心をあけ渡すことが習慣以上の何かになって、僕は僕が一番欲しかった日常のぬくもりを手に入れた。それ以上に望むものなんか、僕にはなかった。僕のこと、君なら理解できるでしょう。僕のこと、君なら心まで抱きしめてくれるでしょう。
唇を重ね、しずかに、やがて激しく息を奪い合う。全身が鼓動になったかのような甘さに、荒っぽく口内を乱す感触におぼれていく。
僕の一番欲しいものを君がくれる、君が一番欲しがっていたものを僕は与えられる、そうして埋まるはずがないと思っていた静寂と空白を君が埋めてくれて、求めあうことがあたりまえになって、僕は明日の先に次の明日が、その先のずっと先に十年先の自分があることを考えるようになった。
「献身と自己犠牲」なんて体のいい言葉、一体どれだけの人がその通りのことをしているのだろうか。誰もかれも自分の身勝手な欲望を押し付けては、うつくしく着飾らせる理由を探している……それはいつか僕のむき出しの心が拒絶したもの。痛みを感じることに、正しさに理由が必要? 君が生きていること、その正当性を誰かに説明する必要なんかない、本当は。それを許されないと誰かが言うなら、許さないという人を僕が許さない。
すべての痛みを背負ってなお、歩いていくすべを知っているからこそ、広がりつづける傷というものはある。僕はただ、君の一番深い場所に触れて、涙を共有するように愛しただけ。
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