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TVシリーズ攻殻機動隊S.A.C.感想抜粋(ネタバレ注意)
起き抜けにネトフリで攻殻機動隊S.A.C.の16話「心の隙間 Ag2O」を観ていたんだが……一回書ききりで完結する話だけどなかなか描写が深いというか人間臭くて好きなんだよな、この回(物語の中では大塚明夫さんの演じるバトーが個人的に好きなのもあるけど)。
自分が憧れていた選手がひとつの大舞台での敗北をきっかけに転落し、生活が苦しくもないのによその国に機密を売ってわずかばかりの見返りで心の隙間を満たすようになったのを逮捕するっていうのは、憧れに接せるという以上に、その程度になっちまったのかあんたは、って現場を見せつけられるショックが。「(最初に会った時、俺が負けたのが)わざとかどうかわからないほど錆びちまったのか」ってバトーのセリフがこの話のラストの方にあるけど……タチコマのラボ送りも含めて輝いている若葉がこの社会の都合に負ける、自分がかつて憧れていたものに自分で引導を渡す、ってなかなか幻滅することだ。
ちなみに、いい試合をして気に入られたザイツェフと二人でバーに行ったとき、妻子がいるって偽って見せた合成家族写真の奥さんの顔が素子のそれになってるんだが……注目すべきは米帝レンジャー時代の陰惨な過去を振り払い自分の心に従って前に進んでいるバトーと、心の隙に負けたザイツェフの対比かな。いつも明るいムードメーカー、でも普段物事に一歩距離を置いている大人だからこそ見える感情の揺れが印象的だよね、バトーの描写を深くする回は(でもたぶん密林航路の回よりそう)。1クール越えて物語後半にもなるとものすごくキャラクター描写が生身のにおいを感じるほどに生き生きしてくるけど。
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攻殻機動隊S.A.C.17話「未完成ラブロマンスの真相」。冒頭のロンドン・シティの街並み遠望から、画面切り替わって3つ並んで下げられた英国旗がはためくシーン、歴史ある石造りの街並みを荒巻課長と素子が乗る車が走るシーンに移っていく描写は英国情緒としてかなり書き込まれていて違和感ないし圧巻。
荒巻課長の昔なじみの(政界を引退して渡英した)女性が、自身が頭取を務めるワインファンドで、そのファンドの上司である銀行がマフィアと裏取引を行っているらしいことを、自分の足元でこういうことが行われているのに気づかないふりをして仕事をし続けるのが気持ち悪いから、と相談するのだが……見どころは、ファンドを襲撃してきた銀行強盗と、ファンドが契約している民間警備会社より早く(マフィアとの裏取引の証拠を消すために)警察の特殊部隊が来ていることから警察が自分たちごと消すことを察知した荒巻が、銃を突きつけられても動じぬ心胆と手際の良さで銀行強盗を心服させ共闘する場面。管轄外の異国で現地警察の専任事項に阻まれ思うように行動がとれない素子の独言にもあるけど、スタンドプレーが多くて物事を強引に進める9課メンバーをサポートするために、いつもメンバーが動きやすいよう上層部と交渉をしたりもっともな理屈をつけて横車を押してくれる荒巻課長のありがたみって話。
BBCにタレこんでテレビカメラ報道陣と人目を集め、警察に下手な行動を起こさせないようにしたり、路地裏から街娼のふりをして警察部隊員に近づき、相手のみぞおちを殴って気絶させて奪った服で銀行突入部隊に紛れ込んだり、素子も割と好き勝手自由にやってる感じだけど荒巻課長とは本当にいいコンビ。
まあ、公安9課はパワープレーのスタンドプレーで動く人ばかりだけど、アタッカーだけでサポートがいないチームってちゃんと動けないしクソ雑魚ですからね!
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攻殻機動隊S.A.C.18話「暗殺の二重奏」。
分別の付いた大人が持つからこそ制御されていた中核というか、原動力となっていた政治思想が、思春期のまだ右も左もわからず加減を知らない若い世代に再生産されるとしばしば過激な行動を呼び起こすものだ、ということだな。おれにも経験があるからわかるけど。旧軍出身の今は亡き父の技能を書籍や電子記録を通じて習得し、思考の癖をモデルとして自身の内部にコピーした息子が、父自身の奥底にあった(しかし人生経験によって培われた他者への共感と分別で制限していた)憎しみを復讐として実現するために手段を選ばず走る、という筋書きになっている。
作品全体に政治問題や社会風刺が織り込まれていることから考えて、1973年に東京都内で金大中が拉致されて5日後に解放された事件を、日本の右翼青年が行う形式にしたパロディかなと思う。旧日本軍の思想を彼らの人生経験を持たずに文字情報だけで純粋培養した、右翼テロリストへのある種の理解というか。
人生経験が形成に伴わない、文字情報だけの思想というのは危うい、二度と人生に帰ってこれないこともある。という警告であると同時に、ある種の理解と共感が無ければこういう描き方はできないと思う。荒巻課長は私情を抑えてても、この歳で親友を二度失うことになるとは堪える、と言っていたが。
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攻殻機動隊S.A.C.19話「偽装網に抱かれて」。
素人の方が追い詰められたとき自爆的でわけのわからない無謀な手を打つ可能性がある(だから人質が死傷する可能性も高いから慎重に行動していた)が、職業として洗練されたプロフェッショナルの方が下手を打たないから逆に手筋を読みやすいし交渉しやすい。
バトーが接敵しクルツコワの正体を見破って、相手が最初予想していたチンピラではなくプロだとわかったから荒巻課長が9課として作戦を方針転換したけど、まあ現実世界でもロシアのKGB現地諜報員は冷戦終結後コンピュータウイルス製造業とかサイバー犯罪に関わる転職先も多いし活動を国に擁護されてる。徹底した愛国者なのにマフィア内の権力闘争に負けて罠にはめられたクルツコワは哀れだけど、ソビエト連邦スターリン時代の権力闘争に敗れて暗殺され公式の写真や資料からも修正され痕跡を消されたトロツキーの例もあるし、全体が奴隷で家臣のいない共産主義政治組織ではあまり珍しくないことかもな。絶対平等の名分のもとに権力制度とか階位順位を完全に否定すると、指揮命令系統が明確じゃなくなるから、末端の状況が見えないトップがいちいち指示を出したり全ての権限を握らないと組織が動かなくなって逆に非効率だし、独裁者を生みやすくなるんだよね。今のロシアは少し克服しているように思うけど。
自分の娘が拉致されるまで単に政治的マターとして扱ってきてそれまで現実の拉致被害者やその家族の心情に無関心だった神崎元首相へのトグサの苛立ちは、放映当時おれも感じてたことかもなあ……今は、神崎だって被害者なんだから同情してやれよ、っていうバトーの宥めに近い意見を持ってるけど。現実世界では日本人の集団拉致を行っていたのはロシアじゃなくて北朝鮮だけど(かつ金銭が目的ではなく諜報部が日本の情報を集めやすくなるよう現地諜報員に日本語を教える人間を集めていた)……力づくで物事を解決しようとする傾向の強いロシア人マフィアが行ったら臓器密売かな、というイメージか。
そうね……この回はわりと、現実の日本の政治問題に対して制作サイドが主張している回のような気がする。拉致被害者がどうでもいいっていうのかよ、だったらお前もその家族と同じ目に遭ってみればわかるだろ、って苛立ちが根底にあって、その代表として神崎元首相を物語の中で改心させてるのかなあって。
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攻殻機動隊S.A.C.20話「消された薬」。
特A級のハッキング能力に不釣り合いな、自ら銃を持ってテレビカメラの前で瀬良野社長を脅すという世慣れなさ。判明している人物像と、厚生労働省の授産施設のロッカーに残されていたサリンジャーの引用に追加された句……あの青年が本物の笑い男なのではないか。そう推理していくトグサに一時の感情ではないと判断した素子が「あなたにもゴーストがささやくようになったのかしら」と受け合うが、二人の会話で触れられる(11話「亜成虫の森で」に出てくる)障害者の授産施設の子供たち(歳食ったのもいたが)は、アスペルガーとか自閉症患者の挙動を思い起こす。
自閉症スペクトラム障害は、シナプスの過剰(形成期に健常者のようにシナプスが増加したのち、刈り込みのためのホルモンが分泌されないことから生じるシナプス選別過程の欠落)による脳細胞同士の連絡過剰から生じるもの。抽象活動や忘れることは苦手だが、写真のような精密な絵を描くなどは得意とする。その脳の特徴から感じすぎ、適度に特徴を捉えて残りを消すということができない。そこからくる電脳・電脳空間への過適応と実生活への不器用さ。あの施設の子供たちの特徴や雰囲気と合致する。トグサが言っていたのはそういうこと(村井博士の功績を消したマイクロマシン推進派とかは次話以降語ろう)。
自分たちの権力意志を押し通したいがために、効くと知りながら村井博士個人の研究を潰し、自分が電脳硬化症になった段でその潰した当の相手が作ったワクチンで治療を受け今日まで生きてきた今来栖……彼の名でひまわりの会に村井ワクチン接種者リストを送り付けたアオイからは相当な苛立ちを感じる。あの施設の子供たちは、あるいは自分たちは、この腐った社会の安定のために施設に閉じ込められ、外にも出られず、自由に他人とつながることもできずに強制的に働かされている。あるいはそういう苛立ちかもしれない。
もしかしたら、だから次シーズンの個別の十一人のテーマに繋がっていくのかもしれないけど。
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攻殻機動隊S.A.C.21話「置き去りの軌跡」。とりあえず語らせてくれ。
ゲイルが乗ってる海自のパワーアーマーに左腕撃たれて踏みつぶされかけた少佐が、サイトーの狙撃で敵がもたついてる間に意識を戻してブチギレて「サイトォォー!そいつをよこせぇぇ!」って対戦車用狙撃ライフルをハッチを開けてくれと懇願する敵に至近距離で熱で上がるまでぶっ放すシーンが一番好きだ。
激しい雨の降る中、側面からのサイトーの狙撃でよろけて倒れたパワーアーマーに馬乗りになって、素子が対戦車用狙撃ライフルを至近距離で怒りに任せ何度も何度もぶっ放すこのシーン、第一シーズンの中で一番好きなシーンなんです……死に瀕すると素子は恐怖よりも激怒するんだな、ってわかるね!
21話は公安9課と厚生労働省配下の麻取強制介入班の正面対決って感じだったけど、いつも一歩引いた先輩としてよくペアを組むバトーがトグサの記憶に当てられて感情をむき出しにするのが印象的。一方少佐はあくまで冷静だけど、だから後半の死の危険から復帰したとき激怒するシーンとの対比が印象に残る。荒巻課長が直に麻薬取締局の本部に出向いて、「説明」する局長の新見に麻取強制介入班がひまわりの会を襲撃した現場に課員(トグサ)が居合わせたと告げて揺さぶりをかけた時も、秘書は動揺してたけど新見は表情を微動だにさせんかったね(FF7のプレジデント神羅みたいな、傲慢な権力の亡者って印象)。
まあ、麻取班長のゲイルが新見に頼んで海自のアームスーツを出させた(しかも9課と戦えば海自が実験データ収集もできるって言っているから半公式のルートとわかる)時点で、厚生労働省だけを向こうに回してるんじゃない、省庁全体に顔の利く、政府与党に深く根を張る実力者が背後にいるってわかるけど。何も知らない末端の警察官は、事件の真相をすでに知っていてなお(隠蔽すると同時に)捜査指示を出している上層部の茶番に付き合わされて、6年も笑い男事件対策本部で働いていたわけだな……電脳硬化症に真の対策を出した村井博士を潰すことで社会の最上層に上り詰めた連中をかばった今来栖の言い訳も。新見に誤解されていると知って自宅から行きつけのゴルフ場に逃げ出し、助けてくれと居場所を知らせて泣きついた相手に裏切られ襲撃部隊を送り込まれ、9課のヘリに乗る直前に逃げて暗殺者に撃たれ、村井博士への嫉妬から研究を潰した日本医師会会長の今来栖は最期まで小物という印象がぬぐえない。
おれが放映当時にも一番不思議だなって思ってたことなんだが……改心を迫り、かなわなかった今来栖の最期を悲しそうに見つめていたアオイが、なぜ村井ワクチン接種者リストのファイルをバトーに託したのだろう? 立場はどうでもいい、真実を暴いてくれるかもしれない、信頼できる気がしたから、かな。
あと個人的にイシカワが、米帝の間衛星監視システムが9課の建物の端末だけではダウンするほどメモリを食うから、予備としてパチスロ屋で遊んでる爺さんたちの電脳をハックして並列化しバックアップに使うとき、駄賃にパチスロ機の確率と出目を操作して大当たりが出まくるようにしてやる表現かなり好き。
自身の死に直面して怒りに燃える少佐と、死の淵に立って怯える麻取班長との違いだよなあ……英雄的行動が成立する前提というか、ヒーローかそうじゃないかの違い。少佐は海千山千で食えない人だし、人物像が若年層向けじゃないんだけど、おれはこの回のヒーロー描写、すごくリアルだなと思ったんだよね。放映当時もこのシーンで、ああ、攻殻機動隊って直球じゃないけどヒーローものなんだなって感じた。ベルセルクもそうだけど、おれはダークヒーローが好きなんだと思う(なんか少年漫画とか戦隊ものとかの直球なヒーローって感情移入しづらいというか憧れないしリアリティを感じないんだよね、おれは)。
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22話「疑獄」、23話「善悪の彼岸」。
やっぱこの辺りすごく好きな話なんだけどあんまりネタバレしたくないけど……まあでも、素子とアオイ(笑い男)には共鳴する部分があるわけだよね、だから共有したというかアオイと話してるときに素子は同族嫌悪って言ってたけどさ。青臭い正義感か……そういうの今でも持ってるから素子は過去の自分を見るような気持ちで複雑になるのだろうし、持ってなかったら接触したときアオイが何に突き動かされているのか理解できなかったと思うの。
やっぱ攻殻機動隊はヒーローもの(`・ω・´)
作り手にとって素子という人格像に息吹が通った(作り手の意図に素子という人格が協力してくるようになった)、という表現かもしれないと思う、あのアオイと記憶を接続した瞬間の描写というのは。
瀬良野社長は……6年前に2日間もアオイの話に付き合って説得しようとしただけあって、技術開発による(資本主義経済を介した)社会正義への動機を捨てていないからこそ、金もうけ主義・権力主義の黒幕から煙たがられて「余計なことをしゃべってくれるなよ」と軟禁状態にあったということなんだろう。瀬良野社長がそういう人間でなかったなら、アオイはもう一度説得しようともしなかっただろうし、説得が成功する可能性もなかった……直近の特許申請ならどこの会社の誰のものでも利用してのし上がろうとする連中の意志が働いていたのだ、と目の当たりにしてきたから説得を受け入れたのかもしれないが。
6年前に誘拐されたときもこの青年は犯罪者には違いないかもしれないが、もっと青臭い正義感に突き動かされているような身代金目的とは全く違う性質の人間だと思った、と瀬良野社長が語ったが……政治権力界隈の闇の深さに直面し、どうしようもなく敗北し、一度は沈黙しようとしたアオイだからこそ、か。ゴーストハックによるのではなく、アオイの記憶(ハッキング技能も含む)を共有して、素子の内部に分有された人格の動きたいようにさせた、ってことだよね……バトーの感嘆に「学芸会には一度も出たことないんだけどな」って言ってるけど、記憶をなじませゴーストのささやきに従い人格に演じさせた。おれがここで「演じさせた」という表現を使っているのは、素子が自分が演じているという感覚なのではなくて、素子の介入がなければアオイが人格として勝手に動くから。僕のすることを見ていてください、黙認してください、っていうのはそういうことか、って放映当時も今回もおれは感嘆したけど。
私も君の模倣者になろう、と語る瀬良野社長の言葉は、それまでの回に出てくる無数のポップカルチャー的な笑い男模倣者たちのそれよりもだいぶ重い。自分が見ている現実の果てしのない闇の深さを知り、それでもなお「模倣」するというのは、彼の業が深いからこそ救済への道もまた真実に開かれている。
スターバックスで話をする、か……そういえばおれも11年くらい前に、シックザール(イ・パクハさん)とスタバでコーヒーを飲みながら話をしたっけな。やっぱスタバは定番なのかね?