【サマーゴースト】

あの日のわたしにも、こんな夏があったら。

【あらすじ】
『サマーゴーストって知ってる?』

ネットを知り合った高校生、友也、あおい、涼。
都市伝説として囁かれる”通称:サマーゴースト”は若い女の幽霊で、花火をすると姿を現すという。

自分が望む人生へ踏み出せない”友也”
居場所を見つけられない”あおい”
輝く未来が突然閉ざされた”涼”

彼らにはそれぞれ、サマーゴーストに会わなくてはならない理由があった。
生と死が交差する夏の夜、各々の想いが向かう先はー。


まずこの作品は、映画館で予告を見て知った。
「あ、これ、絶対にわたしが好きなやつだ」という予感があって、そこから作品のことを調べると、脚本が乙一さんだということを知る。
学生の頃、乙一さんの著書にどっぷりハマって、大体の作品は読み漁った私からしたら、間違いない、と想えた。
タイトルからのインスピレーションとしては、「夏と花火と私の死体」という作品が頭をよぎって、私は二回目の、「わたしが好きなやつだ」という確信を持った。

乙一さんの作品はどれも、影のあるキャラクターが魅力だと想う。
捻じれてしまった言葉を、感情を、持て余しているキャラクター達が多いように想う。
だからきっとこの映画の主人公達もそうなのだろうな、と想った。


作品は、とても粛々と進んでいく。
タイトルの通り”幽霊”の話なので、非現実な話なのだけれど、それでも主人公達はそれを受け入れて、物語は進んでいく。
”幽霊”であることに意味はあるお話なのだけど、”幽霊”がメインの話ではないのだ、と、途中で気づく。
あくまでもこれは、孤独な、生きているのがつらい、それでいてどうしたって「生きる」ことに必死な、私たちとなんら変わりのない人間のお話。
それぞれの境遇を、すべて同じように体験してきたかといわれるとそうではなくて、でも友也、あおい、涼、そしてサマーゴースト本人の、それぞれの要素を、多分みんな少なからず持ち寄って生きている。
人間の、どうしようもなく孤独な、でもその孤独を愛することのできない脆弱な、そんなお話。

途中、展開とラストは読めてしまったし、先も言ったが大きな事件が起きるような作品ではない。
まるで「そうするのが当たり前である」ように、彼らは呼吸をして、揺蕩って、そして自分を見つめる。
誰にもなり替われない、いまの環境を誰かに押し付けることもできない、それぞれの葛藤の中で「生きていくしかないんだ」と、彼らが望んでいたような答えではないその答えこそが、彼らを救っていると想った。

花火がキーワードのひとつになるのだけど、その花火の硝煙の香りがしそうだった。
オレンジ色の光に包まれるそれが、「命」であったり、「生きること」を示唆しているのだとわかる。
それはとても残酷なくらい綺麗で、あっという間で。
彼らは花火を見つめ続ける、火をつけ続けることで、暗に「生きること」を継続するのだな、と想った。

珍しく中のキャストのことに触れたい。
小林 涼を演じていた島崎信長さん、声優としてもちろん名前を知っていたし、有名である、いい声であるとわかっていたけれど、
途中の橋の上でのシーン、あそこの涼の悲痛な声は、いまでも耳に残っている。
そのシーンがあまりに素敵で、私の中ではすっかり「島崎信長さんは泣きの演技がうまい」という印象になってしまった。

また、昨今目を見張るような映像美の作品(ヴァイオレットエヴァーガーデンなど)がある中で、
このサマーゴーストは若干違うテイストで、ペタッとした色の塗り方が多い。
でも時々の空の色だったり、背景だったりが油絵のようで、そのギャップがとても綺麗だなと想える。
あまりいままで頭を使わずにアニメーション映画を見てきたせいで、うまく言葉にできないけれど、
私は色味の使い方がとても好きだな、と想った。


サマーゴーストは40分の短い作品で、でもその40分でも、しっかりと涙を流すことができる。
硝煙の香りがする、むせかえるような夏の日を、愛しく想える映画です。

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