菜の花の雨と、桜の絨毯と、優しい嘘。
三月最後の日曜日、朝一番に母から叔父が亡くなったとのメールが入った。
心がぞわっとなった。
あの叔父が亡くなったという。
私が小さい頃から結婚して今までずっと、会うたびに気持ち悪い言動をするあの人が。
母は毎度の事だが親戚に不幸があった時、「とりあえず今から行ってきます。また電話します。」という、私にとってまるっきり意味のない文章を送って来る。
夜、母から電話が来た。
ここ最近私は母と話すとき、メモを片手に話すようにしている。
恥ずかしいけど、メモを持つ手は震えてしまうのだ。
でも私の意志を伝えるために必要なもの。
ずっとうやむやにしてきてしまった私の気持ちを言葉にするために。
実は一週間ほど前に、祖母の法事を断っていた。
子どもたちも忙しいし、まだコロナも収まっていないからという理由で。
ただ今回ばかりはコロナを理由には断らないと決めていた。
私は通夜、告別式共に行きません。と伝えた。
すると母は、『行きません』と繰り返した。
何故?といった風に。
私が、子どもの頃から今までに受けた仕打ちの数々の事などきっと知らないのだろう。
子ども<親戚、仕事が第一の人だったから。
『じゃあお香典は…』と言ってきた。
これも言われると思ってた。
結局母は自分の体裁を保ちたいだけなのだ。
親戚を司ってきた母の、成人した子供が、妹の旦那の葬儀に出ないなんて。
お香典も出さないなんて。
私がどうして行きたくないかなんてどうでもいいのだろう。
なので言ってやった。
大人としてダメだとは百も承知だが、叔父には昔から嫌なことをされた思い出しかないので、お香典は出したくないと。
行けない断りの電話もそちらでしてくださいと。
私からは何も話すことはないのでと伝えた。
そして、これから先メールで逐一親戚の〇〇さんの体調が悪いとか知らせなくて良いですとも伝えた。
すると母は『どうしてそんな事言うの?』と言ってきた。
ああ、この人は私の事を本当に見ていなかったんだな。と薄々気づいていたが、本気でそう思った。
今まで私は親戚の集まりを回避する為に、母からの連絡には嘘をついて誤魔化していた。
子どもの長期休みで実家に帰省していた時などは、はぐらかすこともできず親戚の集まりに被弾してしまう事もあったが、我が家に弟家族連れで来たいと言って何度もはぐらかす事もあった。
(布団業者から布団を借りてくれとか、訳の分からない電話があったりした)
もう嘘をつくのはやめようと思った。
この人の為に、今まではこの母を傷つけない為に私は嘘をついてきたんだな。
大人だから。私だけの問題ではないから。
でもこの人は私の事などより、親戚や自分の体裁の方が大事なのだ。
そんな人にもう嘘をついてまで、この人を、自分を守らなくてもいい、と思った。
『私はあなたと同じ様に動く事はできない。
私とあなたは違う。親戚の体調を知って私にどうしろと?』
『この話だけではない。今までずっと私はあなたに操られていた。直接でなく、裏で汚いやり方で私をずっと操っていたよね。』
『この話は今私が一時的な感傷で言っているのではない。私はそのせいで心を壊した。旦那はずっとこの事で寄り添ってくれた。』
途中からは、親戚の話ではなくなってしまったが、結局私の問題の根底は母親なのだ。
直接対峙すべきは母なのだ。
震える声で、でも今まで言えなかった事を言ってやった。
母は電話をガチャ切りした。