上田久美子 宝塚退団後初の朗読劇「バイオーム」が神がかっている(感想)

人気演出家・上田久美子氏の宝塚歌劇団退団後、第一作目となる「バイオーム」は朗読劇だという。出演は、花總まり、麻実れい、中村勘九郎、古川雄大、野添義弘、成河、安藤聖。

なぜ朗読劇なのか。7人全員が一人二役だそうだが、どのようなものになるのか。公式サイトを見ながら、よくわからないまま、6月の千秋楽、池袋の劇場に向かった。

わたしをけものと呼ぶのは誰か
わたしをにんげんと呼ぶのは誰か
それは事実か真実か虚構か嘘か、庭先に語られる一つも美しくない物語


【あらすじ】
その家の男の子はいつも夜の庭に抜け出し、大きなクロマツの下で待っていた。フクロウの声を聴くために...。男の子ルイの父に家族を顧みるいとまはなく、心のバランスを欠いた母は怪しげなセラピーに逃避して、息子の問題行動の奥深くにある何かには気づかない。政治家一族の家長としてルイを抑圧する祖父、いわくありげな老家政婦、その息子の庭師。力を持つことに腐心する人間たちの様々な思惑がうずまく庭で、古いクロマツの樹下に、ルイは聴く。悩み続ける人間たちの恐ろしい声とそれを見下ろす木々や鳥の、もう一つの話し声を...。

凄かった。凄まじかった。

三代続く有力政治家の庭に植えられたクロマツ(麻実れい)をはじめとする植物たちのささやくような会話が重なり、奏でられる音楽のよう。そこから物語が始まる。

少年(中村勘九郎)には、夜ごと庭に訪れるフクロウの声が聞こえる。その声を聞くために、時にクロマツの根本で眠ってしまう純粋さは、発達に問題がある子どもとして描かれる。少年が会話する少女(中村勘九郎)は、他の誰からも見えない。

権力と栄華を志向する祖父(野添義弘)。能力を見込まれて娘婿となり、政治家となった父親(成河)は家庭を顧みず、不倫している。母親(花總まり)の精神は壊れていく。その様子が淡々と描かれ、舞台は進んでいく。

最後、すべての伏線を回収した急展開の残酷さ。美しさ。

救いのない悲劇でありながら、とてつもない明るさを感じるのは、これまでの上田久美子作品がそうであったように、人間という命の儚さを知りながらも、それが大きな河の一滴のように連なり、次世代へ、その先へとつながれる、太古の昔から続いてきた悠久の中にいるような安らぎを感じさせるからではないかと思う。

二幕構成の途中まで、全員が一人二役ということに、あまり意味は感じていなかった。ただ話題づくりというか、そういう趣向なんだろうなというくらいで。

けれども幕が下りる頃になって、一人二役の意味がわかるような気がした。

クロマツと女中を麻実れいが演じている意味。
クロマツの若芽と母親を花總まりが演じている意味。

合点した途端、それはとてつもない救済のメッセージとなって胸に届く。死は終わりではない。ただの変化。おそらく死は、誰かにとっての生の始まりかもしれない。その大きな流れの中で私たちは生きてきたし、これからもそうしていくのだろうと。

終演後、スタンディングオベーションが止まなかった。どの役者さんも凄かった。上田氏の脚本、一色隆司氏の演出、舞台美術、音楽も。

来春には、イタリアオペラ『道化師』『カヴァレリア・ルスティカーナ』の演出を手がけられるという。目が離せない。

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