コーヒー飲めなくて何が悪い


私はコーヒーが飲めない。

コーヒーの香りは好き。
コーヒー牛乳も、カフェオレも、カフェラテも、カフェモカも好き。

だけどコーヒーは飲めない。飲みたいのに飲めない。
私のお子ちゃまな舌が、どうしてもあの苦味についていけない。 

以前、目上の方のお家にお邪魔したときに問答無用でコーヒーを出されたことがあった。お菓子は沢山あるのに、砂糖やミルクの類いは近くに一切ない。ブラックで飲めということだ。
他の人たちは「あ!このコーヒー豆、良いところのですね」とか「上品な香りがする~♡」とかコーヒー談義で盛り上がっている。「そうでしょ~」と出した方も当たり前と言わんばかりの自慢げな様子だ。
流石にそんな中では「飲めません」とは言えなかった。
別に アレルギーで飲めないわけではない。だから命に関わる訳ではない。もしかしたら、もしかしたら今になって飲めるようになっているかもしれない。

意を決してコーヒーを口に含んだ。
舌の上で味を確認し、飲み込むまで、思いの外スムーズに進めることが出来たことに希望的違和感を覚えた。これが上品なコーヒーの作用なのか。たしかに今まで通り苦味を感じる。だが、その後の舌に残り続ける独特な後味などは少なく、飲みやすいとまで感じたのである。

なんと、コーヒーを克服する日が来るとは…!!!

いつの間にか大人になっていた自分にとてつもない嬉しさを感じた。普段は興味がないことを悟られないようにニコニコ微笑んでいるだけの私だったが、その時は嬉しさのあまり全力で会話に参加した。
そのお陰か、帰り際にもう履かなくなったお高めの靴を譲っていただいた。なんて良い日なんだ今日は。

ところが、その喜びは束の間のものになってしまった。
帰宅手段は特急電車だったのだが、酔ったのである。私は特急電車で酔ったことは一度もない。これは明らかにイレギュラーな出来事だった。
一瞬(いや、かなりの頻度で)コーヒーが頭をよぎったが、疲れのせいにした。あの喜びをなかったことにしたくなかった。

しばらくして二回ほど、またしてもコーヒーを飲まざるを得ない状況になった。前回のこともあるので全く気乗りはしなかったが、試してみたい気持ちもあり飲むことにした。
結果はどちらも具合を悪くした。どちらの場合もその後にバスや地下鉄などを利用したのだが、乗る前からもう吐き気が止まらなかった。

今回ばかりは認めるしかなかった。
やっぱり私はコーヒーが飲めない。

乗り物酔いでもお酒の酔いでも、基本的に数時間後には回復する。しかし、コーヒーによる酔いは何れも次の日まで引きずるレベルのものだったため、今後は飲まないことを心に誓った。

とは言え、それからも行く先々で必ずコーヒーを勧められることは変わらない。コーヒーという名詞を出さずして「ミルクと砂糖は?」と聞かれることも珍しくない。
どうしようもないので「すみません、コーヒー飲めないんです…」と伝える。そうすると大体「えー?!そうなの?!何で?!」と驚かれるので、一応上記の件を簡潔に説明してみる。そうして言われるのは同情か、「昔私もそうだったけど、今は大好きだよ!慣れたら大丈夫」という限りなく攻撃に近い励ましであることが多い。

「じゃあ紅茶にするね」と気を遣ってくれる方もいるが、本当に残念なことに私は紅茶もあまり得意ではない。最近はようやく甘ったるいもの以外は飲めるようになってきたので窮地に一生を得ているが、昔は完全に飲めなかった。
それも伝えると相手は困り果てながらも、他の飲み物を提案してくれる。
ただの水を出されたことは一度もない。どこのご家庭も、いつでも喫茶店をオープンできるのではないかと思うほどの品揃えでいつも驚かされる。

脱線してしまったが、ひとまず紅茶は置いておき、問題は「コーヒーが圧倒的常識」であることだ。

正直この常識はキツい。
これに似たものとして「飲み会の乾杯はビール」があると思う。まだビールが苦手だった頃、ビールの代わりにカルピスサワーを注文したら、乾杯を余所にお叱りを受けたことがあった。
その場には私の他にもビールやお酒が苦手な人がいたことで早々に落ち着いたが、それは、アルコールには「飲まなくても問題ない」という意識がスタンダードに存在しているからである。
しかしコーヒーは違う。最早挨拶と同じ次元だ。
体調を崩すから飲めないと伝えても「慣れの問題だと思うけど…」と若干キレられたこともある。コーヒーにはこんな理不尽を許容せざるを得ない何かがある。

どうしたら良いのだろう?付属のミルクや砂糖をドバドバ入れれば良いだろうか。いや、基本的に付いてくるミルクと砂糖は1つずつ。そんなものでは足りない。それに何となくドバドバ入れるのは違う気がする。素材は何も悪くないのに、その良さを打ち消してしまうのは失礼だ。そんなことまでして飲みたいとは思わない。
一体どうしたら…

いつもここで思考がストップする。
そのため、何だかんだいつも通り「すみません、飲めません…」と肩身の狭い思いをしながら告げることになるのである。

コーヒーが飲めないだけなんだけどなぁ。
いつか、たったこれだけのことで息苦しい思いをしないようになれば良いなぁ。

最後に余談だが、頂いたお高めの靴は足に合わず下駄箱の奥底に眠ることとなった。何故試着しなかったんだ…。

今日は深夜ということでボヤいてみました。

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