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イバン族の食文化 08/11

その木の上で、数秒が数分に、数分が数時間に、数時間が数日に、その様に思えるほど、時間が進まないと感じた。

その微かにしか見えない状況で、時間が立てばたつほど、より見えるようになり、音に対しても、時間と共に、少しづつ敏感になっていった。

時折、遠くで、木の折れる音が聞こえたり、今まで聞こえなかった夜虫の声が聞こえたり、フクロウの鳴声がすぐ傍で鳴いているように聞こえたり、遠くで流れている筈の小川の音が聞こえてきたりと、少しずつまわりの音が良く聞こえるようになってきた。

匂いだけは、その果実の木の実の匂いが強いせいか、他の匂いを感じ取る事が中々出来なかった。

停止した時間がどれだけ過ぎたのだろうか、突然、ウォルターは、煙草に火をつけた。
私は、彼の背中を叩き、その煙草を指差した。
彼は、何の遠慮も感じさせず、親指を立てて見せた。私も、することが無かったので、煙草を吸った。火を付けた途端、今まで、この空間に無かった煙の匂いが、強く主張して、私の鼻を擽った。

彼は、吸い終わると、丁寧に、火の粉が下に落ちない様に、ゆっくりと、その火を枝にこすり付けて消して、ポケットにしまった。私もそれに倣った。

この日、私は、時間を気にする必要が無いので、時計を持ってきていなかった。

どの位、待っているのか、どの位待つつもりなのか、それを計る道具を持ち合わせない私は、24時間という時間を測る尺度で物事を考える習慣が身に染み込んでしまった事を後悔した。

きえる事無く、まだ、その存在を主張している強い果実の匂いと、ますます、よく聞こえる森の音たちが主張している。そのゆったりとした時間に浸っていた。  

林床のどこかで、「ガサッ」という音がしたのは、明らかだった。

私の真下のウォルターの背中の筋肉が一瞬硬直したのが良く分かった。
彼も私も、その音の方向へ精神を集中させていた。

少しばかり離れているので、姿は見えないが、何かが近付いて来るのは、私でもわかった。
少し時間を置いて、又、その音がした。

そして、少し時間を置いて、その同じ音が強まった。
彼は微動だにせず、銃口をその音の方角に合わせている。音が近まると、その銃口の角度が少しだけ動く、そんな感じだった。
その音の方角がほぼ真下に近付いた時、私の視界に影が見えた。

一瞬固唾を呑み、大きな銃声に心の準備をしたが、その期待を裏切り、ウォルターは、銃を枝に置いた。

私は、そっと彼の背中を叩くと、彼は、私を見上げて、「人間だ」という。

私も、気が抜けて、少し大きな声で、「人間か」というと、その黒い影が下を通り過ぎた。その黒い影を見て、二人は目を見合わせた。

「人間」ではない。四足の動物である事は間違いない。私を木の上に取り残して、彼は一目散に地面へ降りて、追いかけていった。

一回「パーン」と銃声がなった。何度も木霊したので、何発も撃ったのかと思う位だった。すさまじい音で、私がいる木に寝ていた鳥が驚かされて、数羽飛び立っていった音が頭上で聞こえた。  

緊張した時間を経ても、私は木の上にいたが、彼がそっと戻ってきた。

林床の開けた部分に彼の姿が見えた。そして、するするっと、先程までいた所まで戻り、私に呟いた。

「すごい大きなオスのイノシシだった。どうして人間と間違えたのか分からない。追いかけて、後姿に1発撃ったが、間に合わなかった。逃げて行った。犬がいれば、犬が追い掛けて追い詰めてくれるので、何とかなるが、果物がある時は、木で待つ方が効率が良い。今のは失敗だ。でも、夜はまだまだ長い」。

そう言って、私にニヤリとして、すぐさま、先程の木に同化した様な体勢に戻った。

この日の狩りの方式は、その昔、吹き矢で狩りをする時によくやる方法の一つだ。吹き矢は、音がしないので、外れても獲物は気付かない。何度も狙うことが出来る。

しかし、銃は、1発勝負だ。1発撃つと、「パーン」とそこら中に響き渡り、その辺にいる動物が一斉に逃げていく。

一旦、散らばった動物たちが又戻ってくるのには、時間が掛かる。当分は、動きが無いのだろう。ウォルターは、その体制を崩す事無く、煙草に火をつけた。  


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