見出し画像

ボルネオ島の「森の掟」 03/06

しばらく、蝉の鳴声に浸っている内に、遠くで、「ヒュー」とか、「フィー」とか、と呼んでいる声が聞こえてきた。こちらの待機組も、同じ様にして、呼応している。どうしたんだ、と、私の口を塞いだ彼に尋ねると、ゆっくりとした口調で教えてくれた。イバン族の森の掟では、絶対に、森の中では、見えない人の名前を呼んではいけないし、逆に、森の中で、見えない人が自分の名前を呼んでも、絶対に返事をしてはいけない。何故かと言うと、その声は、人間の声ではないかもしれないからだ。分かりやすく言うと、森の精霊が呼んでいる可能性があるということ。もし、その声に反応すると、その森の精霊に憑かれ、病気にかかってしまうそうだ。だから、森の中でお互いが見えない時は、名前を呼び合わず、「ヒュー」や「フィー」等と叫んで、お互いの位置を確認しあい、距離を狭めるのだ。それに、森の中では、すぐ後ろにいる誰かから名前を呼ばれた時、頭だけ振り返って返事してはいけない。頭の頂点と右肩、左肩の三角形が崩れると、精霊に突付かれるので、出来るだけ、その三角形を崩さない様にしなければならない。「なるほど」と思っていると、獲物を追いかけた二人が戻って来て、首を横に振った。私の隣のその村人は、私の目をチラッと見たあと、立ち上がって、他の村人と共に、先に進んでいった。



数歩進むと、宿主を絞め殺して、内側が空洞になった絞め殺しイチジク( Ficus sp )があった。すぐ傍にあったのにも関わらず気が付かなかったのは、私の座っていた所からは、見えない位置にあったからだ。巨大な絞め殺しイチジクで、これだけ大きくなると、精霊の宿るという表現がぴったりの樹木だ。絞め殺しイチジクは、その実を食べた鳥等が、その宿主となる樹冠の幹に、種子を糞と共に落とし、そこで発芽すると、地面へ向かって根を降ろしていく。一旦その根が地面に到着すると、次は、その宿主を覆うように根が伸び、その宿主を絞め殺していく。といっても、その沢山の根で絞め殺しているという訳でもないらしく、地面の方で、沢山の根が根差すことで、養分を宿主より沢山吸収し、樹冠では、宿主より高く緑の葉を繁らせ、宿主の樹冠を覆い尽くし、最終的には、その宿主が十分な養分を得る事が出来ず、結果朽ち果てて、絞め殺しイチジクだけ残り、その宿主があった部分だけ空洞になる。熱帯雨林の刹那、1本の木を殺してしまうという意味では、残酷な木でもあるが、一方で、そのイチジクの多岐に渡る根がその周りにある他の低い樹木に這う事もあるので、その樹木が生長し高くなると、林冠部の小動物の空中回廊が出来る事もある。これは、生態系では、動けない植物の種子を小動物がより広い地域に拡散する為の種子分散という意味では、非常に意義がある事だ。又、イチジクは、沢山の種類があり、それぞれ、果実のなる時期が異なるので、1年中、いずれかの種類が実をならす。動物にとっても、特に果物のシーズンで無い時期には、重要な食料源になるのだ。


いいなと思ったら応援しよう!