イバン族の食文化 04/11
食事が出来上がるのを待っている間、彼は、小屋の奥に置いていた酒を持ってきて、満面の星空の下で、酒を飲んだ。
イバン族の伝統的な酒は、3種類あって、最も一般的なのは、「トゥア」と呼ばれる、お米から作られる濁酒の様なもので、少し甘い梅酒の様な感じの酒である。すごく丁寧に作られたトゥアは、アルコール度の低いワインの様な感じにもなる。
簡単に作れるので、イバン族の人であれば、誰でも作れるのだが、逆に、その作り手の性格がもろに出る。大雑把な性格の人が作ると、酸っぱかったり、甘すぎたりで、飲めたものではないが、一方で、几帳面な人は、絶妙な、程よい味を出す。
今では、市販で“ROYALIST”という銘柄のワイン・ボトルに入れられた「トゥア」もあり、非常に口当たりが良く、街でも買えるので便利だが、私が忘れられない味は、ヒルトン・バタン・アイ・ロングハウス・リゾートというヒルトン系のロングハウスをモチーフにした リゾート・ホテルで奢ってもらった「トゥア」と、ラマナ川のケシット村の笑顔の素敵なお母さんの作る「トゥア」は、忘れられない味だ。
次は、「ランカウ」と呼ばれる、これもお米が原料だが、蒸留したもので、非常にアルコール度の高い焼酎の様なものである。
「ランカウ」は、現在、密造酒扱いになるので、あまり作っている人がいなく、「ランカウ」に似た市販の酒が、中国語で「白米酒」と書かれた酒が一般的に常用される。いろいろ銘柄があって、“ルーマ・パンジャイ”(ロングハウスと言う意味)、“クニャラン”(サイチョウと言う意味)というのが主流で、それぞれ人によって、これは良いだの、これは駄目だの、いろいろ意見が分かれる所だ。“ルーマ・パンジャイ”には、“Rumah Panjai”、“Rumah Panjang”、“LONGHOUSE”という3つの銘柄があって、3つともロングハウスと言う意味だが、それぞれイバン語、マレー語、英語と少し国際的だが、人によって、味が違うと言う人もいれば、全部同じ味だと言う人もいる。
そもそも、「ランカウ」と言う言葉は、畑にある「出作り小屋」と言う意味で、「ランカウ」と言う酒は、「ランカウ」と言う小屋で作られていたからだ。
人によって、アルコール度が異なるので、時折、喉が焼けきれる様なものもあるが、トゥアと異なり、酔う前に、腹が膨れて気持ち悪くなる事がないので、お祭りの時などは、かけつけ1杯は、トゥアで、残りは、ランカウで物事が進んでいく。
因みに、日本で言う「かけつけ3杯」は、イバン語では、「チュチ・カキ」と表現され、「チュチ」が「洗う」、「カキ」が「足」で、「足を洗う」という表現がされる。
何杯飲まされるかは、ホストの人間や周りの人の気分や気まぐれ、飲まされる人の性格等にも反映されるので、それぞれだが、アジア共通なのかやはり3杯が一般的だ。
通常、酒宴は、円陣になって行われる。
その円陣の内側に、つまみが並べられる。
つまみと言っても、食事のおかずと同じ様な、豚の煮込み、野菜を炒めたもの、高菜浸け入り鶏肉スープ等だ。
そして、ホストの家族の誰かが、「ドリバー」と呼ばれる役目をしないといけない。「ドリバー」とは、英語のDRIVER(運転手)から来ている言葉だが、お酒の舵取りをする役目だ。
通常、ワン・ショット・グラスを使い、先ずは、そのグラスに酒を注ぎ、皆に見せ、ドリバーが飲む。そして、ドリバーは、同じグラスを使って、自分自身が飲んだのと同じ量の酒を注ぎ、円陣にいる老若男女、全員に、平等に、一人づつもてなしていく。
多すぎても駄目、少なくても駄目、自分が飲んだ量と同じ量を注がないとドリバー失格だ。一周が終わり、全員分が終わると、又、最初の作法に戻り、次の周の酒の量を皆に見せ、又、もてなしていく。
ここで、ドリバーの器量を左右するのは、1本の酒(大体750ml前後)を、平等に、全員に配る事を全うする事である。例えば、2週目の途中で、1本目の酒が終わり、2本目に入る事は、基本的には許されない事である。
1本目の酒を、そこにいる全員に平等に分配して始めて、一人前のドリバーと呼ばれる。人数にもよるが、10名前後いるとして、1本の酒だと、その円陣を3~4周位しないといけない。又、嫌がる人を上手く捻じ伏せて、義務を全うさせるのも、器量の一つだ。でも、ドリバーが回ってきて、自分の順番が来た時に、ほとんどの客人が必ず本当に嫌な顔をするのが観察されるが、本当に嫌なのか、そういう儀礼なのか、今だもって分からない。
嫌な顔した人も必ず飲み干すのは当然だが・・・。
また、客人の中には、今まで黙っていたくせに、自分の順番が来ると突然、いろいろ難癖や、議論を始めて、その義務を遅らせる輩もいるので、うまくあしらう事も一端のドリバーだ。
日本にもいる「俺の酒が飲めねえのか」親父ドリバーもいるが、目上の人を徹底的に敬うイバン族でも、酒の席では100%完全無礼講で、蔑みの結果につながっても、畏怖にはならないシビアな世界だ。
因みに、ドリバーは、人数と比例し、円陣の人数が多ければ、その分ドリバーの数も増える。
時折、自分の家でも、人の家でも、どこでも、ドリバーになっているプロ・ドリバーもいる。
さらに、6月1日の収穫祭の時になると、これまた、このサイクルが、掛けることの、その村の家族数となるので、大変だ。一つの家族での酒宴の滞在時間は短くなるが、その村が30家族いるとすると、30回、同じ事を繰り返すので、24時間では足りない。
非常に段取りがよく、次の酒宴の順番の家族の人は、早めに抜けて、準備をするので、酒宴ご一行様が次の家族へ移動する時には、次の家族の準備は既に整っていて、飲む側は休めない状態になっている。
ロングハウスだと、家族と家族が隣り合わせなので、移動する時間も掛からず、体をひねるだけで次の酒宴地に行けるという楽といえば楽だが、飲み続けなければならないという短所もある。
隣の村への訪問を考慮に入れると、通常、100時間以上続けられるが、実際は、途中で動けなくなって寝込んだり、途中で抜けたりした後、復活するとまた戻るというのが通常で、一気に通して参加する兵は、ごく限られた人のみだ。
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