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短編小説 / いない君へ


「ごめんな、中々遊んでやれなくて。今度どっか、海でも行こうな」



西暦2124年 春


「私が人間であることを証明してください」
 昼下がりの街角で、少女は極めて真剣な表情をしていた。
「そんなこと、急に言われても」
「サクさんはあそこの研究所で働く研究員なんですよね?なら人間の細胞も調べられますよね?そこの案内所のとこに書いてありました!!!」
「まぁ、ま、お、落ち着け一旦、」
 声を張るマイに通行人が目をやり、サクはすいません、と言うように頭を軽く下げる。
「まず、君は誰なんだ?学校は?」
「高校には行ってません。メールでこのクダリやりましたよね?」
「そうだけど…仮に君のことを調べるとしても個人情報が必要だから。それ以外もだけど。他に何か情報は?ないの?」
「あります。私個人のことじゃないけど」
 サクは頭を搔く手を止め、彼女の目を凝視した。
「私はサクさんのお祖父さんと関係しています。お祖父さんに頼まれて、サクさんを特定してここまで来ました。それ以上は言えません」
「言えない?」
今までただの面倒な人間だと思っていたサクは、初めて彼女に興味を持った。
「…祖父は10年以上前に死んだ。俺ももう、声色も思い出せないくらいだ。そんな昔の人間に、君みたいな若い人がどうして」
マイは真実を話すことを躊躇っていた。後々言うことになってしまう、だからこそ。
「調べてください。そしたらちゃんと話します」
 サクは、マイへ向けていたその視線を外して何かを考えていた。それからもう一度、彼女の顔を見て言った。
「…マイちゃん、君は誰なんだ?」

 研究室は汚かった。検査用の機械こそ丁寧に置かれていたものの、使用済みの実験器具に床に散らばる紙の束。誰でも諦めたくなるくらいには荒れていた。
「…終わった。結果が出るまでは何日かかかるから、また連絡するよ」
マイは窓から遠く見える漁港を見つめていた。
「この街に港あったんだ」
「…ああ、あそこか。うん、まぁ漁港だから、そんなに大したもんでもないけど」
「そっか、じゃあ次は海で会おうよ。決まり」
「ん、わかった。あ、道は?」
「平気。今日はありがとう」
何かを思い出したかのように、彼女は帰っていった。

「変なやつ」
サクは息をひとつ吐き、引き出しの奥から一枚の紙を取り出した。
「…やっぱり。どおりでこの結果なわけだ」



数日後


 漁港のすぐ側には小さな海岸があった。日が暮れる直前で、二人以外には誰もいない。
「───そう」
マイは落ち着いた声で言った。遠くの雲の隙間から夕日が顔を出し、二人を照らす。
「すまない」
「いいよ。そうだろうと思った。この前より寂しそうに歩くんだもん」
そっぽを向いたサクは、白衣のポケットから紙を取り出して彼女へ差し出した。
「これ」
「…なに、これ」
「もう恍ける必要はないよ、マイ」
彼女は何も言わずにその紙を見ていた。紙には、幼い少女の絵。

「俺が6歳の時だった。おじいちゃん子で、よく書斎で勝手に遊んでてね。その時見つけた。こう見れば面影はあるよ。祖父も研究者だったとはいえ本当に若い頃だけだったし、その後も普通に勤めてたらしいけど、やっぱりこの絵を大切にしてるくらいだから。
 君のことを思い出した時、どうして?と思った。もう50年以上前に止められた研究だからね。でもわかったよ。君はメールで18歳だと言った。18年前、当時俺は6歳で、君の真実を知らなかった。知ったのはずっと後。
 それが条件だったんだろ?」

 不器用な作り笑いで、マイは答えた。
「確かにサクくんの言う通り。私が…私たちが生きるには、関わりのない人間から認知されることが必要だった。人間が友達をつくる時のように。でも私は嫌だった。やっぱり生き物に、人間になりたかった」

「君が君のような人格で良かったよ」
サクは遠くを見ながら続けた。
「それからマイ、この話には続きがあるんだ」
マイは顔を少しあげ、不思議そうにサクを見た。
「結果としては、さっき言った通りだった。でもあの機械は、同一の種であるか否か、の判断しかできないんだ」
「どういうこと?」
「前提として、動物の細胞であることが条件。植物や他の無機物なんかは根本的に弾いてしまって検査自体ができない。でも君の細胞は、どういう訳か問題なく検査ができた。あの機械は安価なもんじゃない、所長が正式に手に入れたものだ。君の体が凄いのか、あの機械が馬鹿なのか」
「サクくんは、どっちであってほしいの?」
 潮風に靡くマイの髪とサクの白衣。もう日が沈んでしまう。サクはまた紙を見て言う。
「どっちであってほしいか、なんて。言ったところで俺のエゴだ。ただ今の世界じゃ、これ以上君のことを調べるだけで俺は消される。それ以前に物理的にも不可能だ。だからこれ以上、君が動物でない証明も、逆に人間であることの証明もできない。俺が言えるのはそれだけだ」
日は沈みきり、暗い海岸には波の音が響いていた。波の音と、マイが涙を流す音。
「やっぱり寂しい」
 その横でサクは紙を織る。
「…サクくん?」
「これ以上無駄に増える必要はない」
 そう言って、彼は織りあがった紙飛行機を海へ向かって強く飛ばした。紙飛行機は潮風に乗って高く飛び、海面へ落ちて溶けたようだった。

「これでこの先、真実を知る人は現れない。君は人間じゃないのかもしれないけど、今この世界で暮らしているのは事実だ。少しは楽になるんじゃないか?」

 微笑んだ彼は彼女の頭を撫で、そのまま帰ろうと歩き出した。
 立ち尽くしていたマイは突然振り向いて叫ぶ。

「お兄ちゃん、私は…!」



「───さよなら、マイ。大好きだ。向こうで、なんて。待ちきれないよ俺は」



スタエフ文藝部『綴』二期 9月度提出作品

お題:人間以外の動物が登場するSF作品

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