愛しい場所、大切な人の思い出がずっと残りますように | Fáni vol.2 デザイナー・東成実さんインタビュー

自らの目標に向かって精力的に活動する同年代の方に話を聞くインタビュー企画、「Fáni」。

第2回目は、デザイナーの東成実さんにお話を伺いました。東さんは2019年8月にZINE『呉服元町商店街』を発行。佐賀市に唯一残っているバラック商店街「中央マーケット」を中心に、人々が行きかい、生活の一部となっている店々にスポットを当てた内容が注目され、多くの人の手にとられました。

2年の歳月をかけて、80ページ近い冊子の企画、取材、執筆、撮影、デザインのほぼすべてを一人で行った東さん。企画が形になるまでのさまざまな出来事やバイタリティの源、今やりたいものづくりについて聞きました。

画像1

この商店街の今をとどめたい、から始まった一人での本づくり

画像8

ZINE『呉服元町商店街』。ZINEとは個人が趣味で作る雑誌のこと。

-『呉服元町商店街』を作るきっかけはなんだったのでしょうか?

本を作り始めたのは2017年。当時は佐賀市の印刷会社で働いていました。

あるとき友人に誘われて、中央マーケット(注1)の中にある「TERRY'S」という定食屋に行ったのですが、昭和にタイムスリップしたような雰囲気に強烈に惹かれたんです。しだいに、休みの日には中央マーケットやそれを含む呉服元町商店街(注2)の個人商店に足を運ぶようになっていきました。

その頃は、中央マーケットのほかに寿通り商店街というバラック商店街があったのですが、それが2017年の夏に取り壊されることになりました。

昨日までお店があり、人の生活が営まれていた場所が空白になっていく。現実はもちろん、私たちの記憶の中でも「思い出せない、忘れてしまった場所」になっていってしまうのではないかと、ショックな気持ちになりました。

呉服元町商店街もいつなくなるかわからない。それなら、なくなった後も思い出せるように形に残そうと思ったのが始まりです。二年間の制作期間の間に移転・閉店してしまったお店もあるのですが、2017~2019年の呉服元町商店街はこうして本に残すことができました。

注1…戦後引き上げてきた人たちが、佐賀市呉服元町に作った商店街。

注2…佐賀市の商店街の一つ。呉服町名店街、元町商店街、中央マーケットの3つが含まれる。

画像9

中央マーケットの入り口。薄暗い通路の中に飲食店などが立ち並ぶ。

-ZINEという紙媒体で出されたのが珍しいと感じました。いまの時代、「ネットの方が多くの人に届くし、コストも安い」という考え方が一般的かと思います。

最初は、商店街のお店の方や常連の方だけに届けばいいと思っていたんです。もし商店街がなくなったとき、見返して「こんな時もあったよね」と思い出すきっかけになる、「卒アルみたいな本」を作れたらいいなと。

それから、私自身が本に影響されたのも大きいです。『福岡ついで観光』という、フリーライターの西村依莉さんが作った路上観察的な本があるのですが、ビルの階段の写真だけで片面埋めている新鮮なページ構成や、取り上げている場所もなにげない街並みなのに素敵に見えるつくりが大好きで。

「いつかこんな形で呉服元町商店街を形にしたいなあ」とぼんやり思っているときに、寿通り商店街の取り壊しがあって、「いつかでは遅いかもしれない」と取材を始めました。

ですが、最初にお店に取材に行ったとき、呉服元町商店街という場所を知らない人にも伝わるような本にしようと意識が変わりました。店主の方の話を聞いていたら、「こんなに面白いストーリーがあるのか。お店一つ一つの思いもきちんと書いていかないとな」と思って。はじめに思い描いていた路上観察的な本とはまた違った形になりました。

画像3

中央マーケットの通路。看板やのぼり旗が屋内にあり、独特の雰囲気が漂う。

-取材、執筆、撮影、デザイン、と制作にかかわるほぼすべての過程を一人で担当されているのをクレジットで知ったときは衝撃でした。

誰と組んでいいか分からなくて消去法的に一人でやったというだけなんです。知り合いに頼める人がいなかったり、いても遠方でお願いできなかったりで「じゃあもう一人でやろう!」って。

文章も写真もそれまで特に勉強したことはありませんでしたが、そのときそのとき実践で進めていきました。

-取材や撮影はどのように進めていったのでしょうか。

取材のために、というよりは「顔を覚えてもらうため」に商店街に足を運んでいました。

商店街に行くときはいつもカメラを持ち歩いて、お店に入って、そのとき気になったものを撮影して、とライフワーク的にやっていました。フィルムカメラを持っているのが珍しかったみたいで、商店街の方から声をかけてもらってそこから仲良くなることも多かったです。

店主の方々のお話も世間話みたいな感じで話してもらうのがほとんどでした。

画像4

-そういうやり方は商業的な媒体ではなかなかできない気がします。取材をする/されるを越えた関係が『呉服元町商店街』の中にもあらわれているのでしょうか。

そうですね。何度も足を運んでいたので、お店の方それぞれに合わせた距離感で取材できたと思います。たとえば、顔写真NGの方が店主のお店なら、お店の内装や照明がわかる写真を多く載せて、店の空気感や人柄が伝わるよう工夫したり。「ありのままの良い状態」を表せたかなと。

2年間のうちで1000枚以上写真を撮っていたので、お店も人も自分が良いと思える瞬間を集めたものがページになっていきました。事前に撮る要素を決めて、ラフ(ページの設計図)を引いてという一般的な雑誌の作り方とは違うかもしれません。

画像5

商店街のなかにある喫茶「TERRY’S」を紹介するページでは、ひっそりとした佇まいや寡黙な店主の人柄を、厨房や壁の写真で表した。「厨房の奥は見えないんですけど、調理の音は聞こえてきて。あそこから、とてもおいしい定食が出てくるんです」と東さん。

商店街が持つ「場所の力」に苦しめられ、救われた

-一人でやることの難しさとして、モチベーションの維持やスケジュールの管理もあると思います。

スケジュールは、「せっかく本を作るなら、事前にwebで知名度を上げた方がいい」と上司がEDITORS SAGA(注1)に取材記事を載せるのを勧めてくれたんですけど、その際に「掲載のスケジュールを作った方がいいよ」と言われて、予定を立てて進めていきました。

それで、しばらくは順調にwebに記事を載せていったのですが、途中から予定が狂ってしまいました。

何度目かの取材をしていた時に、商店街に店を持つ方からすごい剣幕で怒られたんです。「こんな先のない場所を撮ってどうするんだ!やめろ!」と。とても怖かったですし、自分の考えをうまく伝えられなかったという悔しさもありました。その出来事が重くのしかかって、しばらくは商店街に足を向けることさえできませんでしたね。結果的に一年ほど制作が止まりました。

注1…サガテレビを母体とするwebメディア。一般的な情報メディアとは違い、佐賀在住の人たちが自分の街のことを紹介するもので、書き手の年齢や職業もさまざま。

-個人で企画されていることなので、そういった辛い出来事があったら「もう本を出すのもやめよう」という決断もできたと思います。それでも、行き詰った状態から立て直し、制作を完成させられたのはどうしてなのでしょうか。

良くも悪くも"場所”にとらわれた企画なので......たとえば、「古いお店を取材したい」という企画ならば他の場所に行ってやり直せばいいと思うのですが、私は中央マーケットや呉服元町商店街の現在を本に残したかった。「この場所一帯を取り上げないと意味がない」という思いがありました。そういう意味では、場所に苦しめられていた時期もありましたけどね。

でも元々、呉服元町商店街の方々や歴史のおもしろさなど「場所の力」に魅せられて始めたことだったし、最後はその力が奮い立たせてくれました。それまでにたくさん協力してくださったり、良くしてくださった方が多かったので「自分の心持ちだけでやめるわけにはいかない」と。

実は、怒られた直後に「田中ぎょうざや」に逃げ込んだんですけど、そこで食べた水餃子がほんとうにおいしくて。味のおいしさを超えたなにかがあの水餃子にはありました!(笑)
怒られたことについても話を聞いて、フォローしてくださって。そういう人の力に助けられた部分が大きいですね。

画像6

「田中ぎょうざや」の水餃子。東さん曰く「皮がモチモチしてて美味しいんです」

それから、ずっと心の中にタイムリミットはあって、2019年の夏には出したいなと思っていました。ただ、2019年に入ったころはまだ制作が休止している状態で......このままだと予定通りの完成が難しいと思って、友人の中村美和子さんに声をかけて「イラストを描いてほしい」とお願いしました。人を巻き込むことで自分を奮い立たせる意味もありましたね。美和子さんと一緒に商店街を回るようになってから「企画を形にする具体的なイメージ」が出てきました。

「記録に残す」だけではない。「広く届ける」本の役割を実感

-制作を立て直してからは順調に進みましたか?

2019年のGWごろからイラストで中村美和子さん、編集でライター経験のある野村レオくんという二人の友人が加わってくれたのが心強かったです。

美和子さんはすごく真摯に向き合ってくれて、最初に「私が写真を送るのでそれを絵に起こしてほしい」と言ったら、「私が成実ちゃんの視点でとらえたイラストを描いても意味がない。商店街に行って私と成実ちゃんそれぞれの視点を入れることで意味があるイラストになるから」と呉服元町商店街に足を向けて、一緒にお店を回ってくれました。美和子さんのイラストは本の中でとても良いスパイスになっています。

レオくんも、当時福岡に住んでいたのに佐賀まで来てくれました。商店街を歩いたそのままの足で、カフェに入って長い時間一緒に編集することも多かったですね。

二人とも現地に来てくれたのは本当に大きかった。来るのと来ないのでは、イラストや編集がまた違ったものになったと思います。

本がだんだん形になっていく過程は、やっぱり楽しかったです。知り合いに頼んでいた原稿の校閲が戻ってきたり、色校をチェックしたり。色校があがってきたときはテンションが上がりました!

それから、こうして本が出来上がって商店街に持って行ったときに皆さんが一員のように受け入れてくださった感覚が大きくて嬉しかったです。基本的に取材は一人で商店街に行く形でやっていたので、先ほどお話ししたような理不尽だったり辛かったりしたことも一人で受け止めるしかなかったんですけど、感動もひとしおでした。

画像7

左から、イラストを担当した中村美和子さん、東さん、編集を担当した野村レオさん。

-『呉服元町商店街』は本が持つ「記録に残す」役割のほかに、「呉服元町商店街を知らない人にも場所を伝える」役割を持っていると感じます。

ネットで販売したり、東京や関西の書店にも置いていただいたりしたおかげで、ローカルにとどまらず全国の方に読んでもらえました。読者の方が「全国にも商店街や個人店はたくさんあるけれど、その一つ一つに歴史やストーリーがあることをこの本を読んで実感できた」と言ってくださって、こういう伝わり方もあるんだなと。町の定食屋とは、個人商店とは、という視点でも読める本かもしれないですね。

「この本を読んで呉服元町商店街に行ってきました」というメッセージもあって、泣くほど嬉しいですね。一番嬉しい。呉服元町は行って初めて良さが分かるところなので、足を運んでもらえるきっかけになってると気づけたのも良かったです。

中央マーケットのInstagramを始めたころから、「投稿を見て、自分のなかでの佐賀のイメージが呉服元町になりました」と言ってくださる他県の方もいて、全国に向けて発信した甲斐がありました。

いつもの生活の中で心が動くときに、「つくりたい」が生まれる

-何か作ろうと思ってもアイデアどまりになってしまう人がほとんどだと思うのですが、なぜ形にすることができたのでしょうか。

正直、自分が人と比べてバイタリティがあるとか、アウトプットに積極的という自覚はあまりないです。『呉服元町商店街』を作っているときは「自分がやりたいことをやっているし、ちょっとずつは進んでいるけど、いつまで経っても形にならない」とマイナス思考になっているときもありました。

私は宣言しないとやらない性格で、周りに言うことで自分を奮い立たせるというか。そういう部分が今回は幸いしたのだと思います。

-これからやりたいことや作ってみたいものを教えてください。
呉服元町もそうでしたけど、自分の生活に沿ったものにどうしても興味が向くので、今後何かを作るとしたらそういうものがテーマになっていくんじゃないかなと思っています。

いまは、昔ながらのまちの美容室を探訪して、何らかの形に残したいと考えています。去年、佐賀から福岡に引っ越してきたのですが、福岡ってオシャレな美容室が多くないですか?素敵だし、私もそういうところで髪を切ってもらっていたんですけど、まぶしくて落ち着かなさを感じることもあって。

子どもの頃に親に連れられてまちの床屋さんで髪を切ってもらったあの経験をもう一度したいという思いもありますし、時代の中で、昭和や平成から続くレトロな美容室は今しか記録に残せないんじゃないかと。

Instagramで#ロマンチック理容室 #ロマンチック美容室
というハッシュタグをつけて、路上観察的に東京近郊の理美容室の外観を投稿されている、碍子系(gaici_kei)さんの写真がとても素敵で。

福岡は美容室が多いですし、路上観察から一歩踏み込んで、中で働く人にも話を聞く企画をしたいです。

ちょうど昨日、職場の近くの理容室で50年以上理容師をやっている方に髪を切ってもらったんですけど、ハサミとすきバサミ2本だけでザクザクっと切られてるのが新鮮でした。

そういう感覚を楽しみながら、形にしていけたらと思います。

画像9

取材時、銀天町商店街のカフェにて(2020年6月撮影)

※本記事の画像は、東さんより提供。

プロフィール
東成実 (ひがしなるみ)
1995年、佐賀県生まれ。2019年、ZINE『呉服元町商店街』を刊行。現在、福岡市内のデザイン事務所に勤務。webサイト「アポロシアター」でフィルム写真と文章で日々をつづった『35mm Scrollshow』を不定期連載中。

『呉服元町商店街』公式販売サイト
https://gofukumarket.thebase.in/about

中央マーケットInstagram
https://www.instagram.com/saga_chuoumarket/?hl=ja

EDITORS SAGAでの中央マーケット連載記事
https://editors-saga.jp/editors/nhigashi.html

東さんnote
https://note.com/763nium

『35mm Scrollshow』
https://apollo-theater.fun/play/831/

いいなと思ったら応援しよう!