「正解」を探してしまう癖

いつからだったか。
中学生の頃は、もう「そう」だった。

20歳頃、仕事場で話していた時に
「あなたはいつも中立でいようとするね」と言われて、ショックを受けた事があった。
「いい子ぶるな」と言う意味を含んでると感じた。
図星だったから、ショックだったんだ。

もうずっと、「そう」だった。
いい子ぶってきた。
周りが言う「正しさ」の中にいれば、怒られないし批判されない。

たぶん、たぶんそれはもう幼稚園くらいの頃にはそうだった。
難しい子どもだった年子の兄に、シングルの母は忙しく世話を焼いていた。
妹の私は「しっかりしてる」「おとなしい」と言われて、そうなろうとした。
そうすればうまく行くんだろうと漠然と思いながら、寂しさを飲み込んでいた。

小学生になっても、中学生になっても
先生や大人にどう見られてるか、どんな態度でいれば正解なのか?を基準でいたように思う。
怒られないように、嫌われないように。

元々の性格は、おとなしくて自分の意見も言えない内弁慶だったはず。
中学生や高校生の頃は、逆にひどく図々しく生きていて、若さのせい‥だけではなく
たぶん「周りから正しいと思われるように」演じていたんだろうなとも、今は思う。

情緒なんてなく、弱さなんて受け入れず
「頑張ればなんでもできるはず」って本気で疑わなかった時期。
‥高3の頃に壊れるまでは。

不調の波はあれど、ありがたいことに今も生きながらえて。
だけど、いつでも「正解」を探すことから抜け出せない。
本音で話せない。そもそも自分の本音が何かわからない。
相手が言って欲しいであろう言葉を探して、不快な思いをさせないように。

‥正解って、なに?
ずっとずっと、私は間違えてきてしまった。
自分自身の心を1番に守らなきゃならないのに、いつでも二の次に置いて、雑に扱ってきたんだ。

最近になって、夫と口喧嘩ができるようになった。
今まで付き合った人とも友人とも、ほとんど喧嘩をした事がなかった。
(ほとんど、と書いたのは、正しさを振りかざして友人と喧嘩になったことが一度あったから)
子育てをしてたら、きれいごとだけじゃ務まらない。
正しさだけを追及して子育てできるほど、私は強くない。

仕事を辞めてから妊娠出産、コロナ禍で人に会わない時期を経て
私はタガが外れたように「他人にどう思われるか」に、鈍くなってしまった。
そこまで気持ちを張りつめるエネルギーが今はないだけかも知れない。
言葉を上手に選べず、「失礼な人だな」って思われてるかも知れない。

自分の想いをきちんと出せるようになりたいな。言葉足らずでも。
曖昧な他人からの評価より、自分自身苦しくないように、納得できるように。
長らく身についた不自然さから抜け出すのは難しいとは思うけど、力をもっと抜いていいんだと‥思う。思いたい。

今日も、深呼吸して。
優しい人たち、ありがとう。

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