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兄と弟(終焉)
▪️6月27日(月) 午後5時
「のぼるさん、早く来て!」
電話口から義姉の悲痛な声が聞こえた。
「分かった、今から行く。」
職場から病院までは1時間ちょっとだ。
▪️1週間前
兄は、容態が急変した為に緊急入院した。
2年前に手術した癌が、急速に全身へ転移したらしい。
しかし、病室を訪ねてみると、まだ意識はハッキリしていた。
「兄ちゃん、どこが一番痛い?」
「ああ、腰が痛てぇなぁ…」
まずは兄とのホットライン用に、一度やめてしまったLINEを再開した。
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幼きころ
兄は、私より二歳年上。
同じ親のもと、同じ環境に育ちながらも、二人の性格は対照的だった。
兄は、石橋を叩いて渡る君。
私は、石橋をすっ飛ばす君。
ある時、私は誤って川に落ちドロドロになり、わんわん泣き叫んだ。
兄は、それを必死に家まで連れて帰ってくれた。
母は言った。「あきら、ありがとうね。」
私は、幼心に思った。
兄がいれば、ボクは安全だ。
兄は、ボクの ”防波堤“ なんだ。
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青春の日々
兄と私の共通の趣味は『音楽』と『オートバイ』だ。
兄は、我が家に “The Beatles” を持ち込んだ。
そして、数々の “West Coast Sound”
小遣いのほとんどは、レコード盤に消えた。
中学に上がった兄は、次に楽器を持ち込んできた。
“Acoustic Guitar” と “Bass” だ。
先を行く兄を追いかけるように、私も “Electric Guitar” を買った。
高校に進んだ兄は、すぐにバンドを組んだ。
兄が三年生になった時、私もバンドに加わった。
Guitarは上手くないが、そこそこ歌える点が良かったらしい。
残念ながら、兄は歌が下手だった。
しかし、兄の奏でるBassは “重厚” かつ “正確” だった。
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定番は、映画 “Easy Rider” のテーマ曲 “Born To Be Wild”
オートバイは、私が先に持ち込んだ。
残念ながら、兄は運動オンチだった。
モトクロスをやっていた私は、兄を悪路に連れて行き、ハンドリングやコーナリングを、丁寧に教えた。
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▪️二十代後半。
腕を上げた兄を連れ、よくツーリングに出かけた。
兄は、“ YAMAHAのSR ”
私は、“ KawasakiのKL ”
最後に二人で出掛けたのは、浅間山だったろうか…
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▪️三十代前半。
兄は、仕事が忙しくなっていった。
そして、程なくして兄は結婚。
兄を追いかける様に、私も伴侶を見つけた。
二人は、それぞれの人生を歩み始めていった...
闘病生活
▪️2020年
もうすぐ桜が咲く頃。
珍しく、兄から電話があった。
「一応報告しておくけど、胆のうに癌が見つかった。来週手術だ。」
「えっ?」
兄はいつもそうだ。
余計なことは、一切話さない。
▪️2020年 3月28日
兄は、胆のう癌の手術を受けた。
それは、癌の中でも術後の生存率が低い病気だ。
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参考までに、当時の文章を引用しておこう。
▪️1年後(2021年)
兄は、奇跡的に症状が好転した。
正月。年頭の挨拶に向かった時、
玄関先に見慣れないものが置かれていた。
「何これ?」
それは30年前、兄とツーリングに出掛けたときに乗っていた “往年の名車 YAMAHAのSR” 最終モデルだった。
「おい。エンジンの音、聞いてみるか?」
兄は、嬉しそうに私の顔を見て、イグニッションを捻り、キックペダルを力強く踏んだ。
終焉
▪️6月27日(月) 午後6時半
姉の電話を聞き付けたあと、急いで病院に到着。
救急窓口で手続きを済ます。
一般外来は終了した為、院内は静かだ。
私の歩く靴音だけが、長い廊下に響き渡る。
そして、エレベーターに乗り5階で降りた。
病室は分かっている。517号室『 清水 暁 』
定年まで、この病院の事務局長を務め上げた人物だ。
病室のドアを徐に開ける。
・・・
そこにある光景は、兄の身体に覆いかぶさる義姉と娘たちの姿だった。
そして、彼女らの嗚 咽 。
遅かった...
・・・
そばにいた病院長が、呆然と立ちつくす私に声を掛けた。
「弟さん、でしたよね 」
「はい 」
「こんな急速な進行は、私も経験が無いんですよ 」
「苦しんだのでしょうか?」
「えぇ、一番辛い呼吸だけは何とか確保しましたが...」
「そうですか。本当にありがとうございました。」
▪️7月1日(金)
通夜が終わり、明日は近親者だけの葬儀を行う。
私はまだ、兄の死を受け入れていない。
今年の夏は、30年ぶりに長野にいる姪っ子を、二人でオートバイを駆り、訪ねる予定だったのだ。
『人生は、不公平だ 』
私のような “テキトーな人間” が生き延び、
兄のような “テキカクな人間” が滅びてしまうからだ。
※付記
私は、心の整理が全く出来ていません。
そんな私に、どうか皆様、力添えを与えて下さい。
お返事は少し時間が掛かるかもしれませんが、一つずつ皆様のお言葉を頼りに、前進して参りたいと考えております。
何とぞ、ご指導 ご鞭撻のほど、お願い申し上げます。
合掌
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