時限
3月の末、土曜日のことだ。昼過ぎ、もう午後のおやつの時間になろうとしている頃、家内に、長女からLINEのメッセージが入った。家内は、ひとしきり読むと、ニッコリと、笑って、私を振り返った。
そして、久し振りに、私の目の前に、突然、マイクロテープが置かれ、そこからミッションが言い渡された。
目の前には、いつもの、マイクロテープが置かれている。
お疲れ様。コジくん。
今回のミッションは、王女様が購入して、ちょっと気に入らなくなった洋服を返品するミッションだ。
閉店時間まで、それほど時間は無いが、今日期限の返品を完了し、返金の決済までの一連の流れを実行してほしい。なお、王女様はお忍びでデート中だ。自分で返品しようと試みたが、肝心のレシートを自宅に忘れてきたので、自分で返品することを断念したらしい。
1つ。今から王女様の自宅に向かい、レシートを探し、持ち出すこと。これが購入の証になり、返品決済の入り口だから、絶対に、失敗をしてはならない。
2つ。大丈夫だと思うが、代理人の証明をするために、パスポートを探し出して持ち出すこと。委任状は、女王陛下が既に準備しているはず。それをセットで王女様の身分証明と委任を、お店側から求められたら、説明すること。
3つ。決済は、王女様のクレジットカードで行われたので、それを店に持っていくこと。そのクレジットカードは、現在王女様が所持している。しかるべきロッカーに、返品物とともに入れておく。これをピックアップして、お店で返品処理をすること。
4つ。お店の閉店時間は、20:00だ。それまでに、全てのミッションが完了する時間にお店に入ること。
5つ。お店は、女性が多い。というよりも、ほとんど全員が女性のはずだから、怪しまれない服装と態度で任務を遂行すること。お店の女性店員さん、お客様へ迷惑をかけたり、怪しまれるようなことが無いように、十分に配慮すること。
6つ。今晩の宿泊は、王女様宅である。任務遂行後は速やかに自宅に帰り、女王陛下と合流して、車で改めて王女様宅に、向かうこと。
分かっているとは思うが、今回のミッションは、数万円級の商品の返品とあって、S級のミッションである。と、同時に残り時間を考えると、ギリギリの難関ミッションである。全身全霊でかかるように。逃亡などを企てたり、証拠隠滅を図るような、エージェントにあるまじき行為だけは、決してしないように。
例によって、君、もしくは君のメンバーが捕えられ、あるいは殺されても、当局は一切関知しないからそのつもりで。
プシュ〜。
さて、大変だ。私は、すぐに着替えた。そして、行動に移した。
まずは、乗り換え検索アプリを使い、長女の家に行き、レシートを探し当て、念のため、パスポートを探し出す時間を含めて、普通に往復して、ミッションを遂行できるかを計算すると、ギリギリでコンプリート出来そうな段取りだった。
そこまで計算して、即座に家を出、走るように歩いて、最寄りの駅から私鉄に乗り込んだ。
乗換駅でも、間違わないように何度も確認し、乗り換えも上々。
長女の住む町の最寄り駅から順調に早歩きし、長女の家に入り込む。セキュリティも無事に解除し、まずは、レシートをゲット。パスポートも、家内の言っていた場所に、きちんとおいてあり、これも、ゲットした。
心の中の、リトルkojuroが、元気に言った。
これで、後は、新宿のお店へ、GO!
私は、ちょっと鼻歌を歌いながら、早足で、最寄りの駅に向かった。
最寄り駅に着き、さてと思ったとき、女王陛下から、新たなミッションが下った。
小田原へ行き、急行で新宿へ向かえ。
そして、そこで、私の歯車が狂った。
当然、小田原と、新宿は、全くの反対方向だ。
まだ少し時間があると思っていたのが、もう、電車までに、時間がない。それに、気づくのが遅くなった。立ち止まってLINEのミッションを読んでいたのも、アダになった。
気づくと、小田原行きは、無情にも、プラットフォームに着いていた。走って向かおうとしたが、改札を潜り抜ける前に、ドアが閉まった。
プシュ〜。
そして、電車は、出発した。と、同時に、向こうの、新宿行きにも電車が入線しようとしていた。
やばい。
そう思って走ったが、これも、すんでのところで、ドアが閉まった。
プシュ〜。
心の中の、リトルkojuroが、諦めたように呟いた。
万事休す、だ。
新宿まで、もう、間に合わない。
私は、震える手で、女王陛下にLINEを入れた。
すると、こう、返ってきた。
そして、私は、小田原まで行き、そして新幹線に乗り、品川経由で、新宿まで行くことになった。
緊急事態なんだから、仕方がない。
ちょっとゆっくりしようかと、エージェントにあるまじき考えも浮かんできた時に、女王陛下から、ツッコミが入った。
私は、王女様から送られてきている、ロッカーの場所と、お店の場所を、シミュレーションし始めた。
すると、ほどなく、王女様からこんなLINEが入ってきた。
心の中の、リトルkojuroが、首をすくめて呟いた。
王女様は、呑気なもんだぜ。
もう、乗って、移動しているよ。
すると、女王陛下が、前もってお店に手を回したようだ。
もう、後戻りは、できない。そして、失敗は、許されない。
心配になって、ちょっと、聞いてみたのだ。
心の中の、リトルkojuroが、足をガクガクさせながら呟いた。
け、消されるぞ。これは.....。
品川につき、足早に改札に向かい、山手線に乗り込んで新宿に着いた。ちょっと、予定よりも、時間を稼いだ。
移動中も、ロッカーの位置、お店までの位置を、綿密にシミュレーションしながら、乗換ミスを起こさないように、移動する。
ようやくのことで、ロッカーに着いた。
暗証番号を確認する。
心の中の、リトルkojuroが、驚き気味に、叫んだ。
おー!!
な、なんと。暗証番号を見てみろ、面白いぞ。
516207
こ(5)・じゅう(1)・ろう(6)・だぶる(2)・おー(0)・せぶん(7)。
このミッション、運命だな。
ロッカーを、開けてみる。
恥ずかしい話だが、鍵付きのロッカーしか、使ったことがない。
暗証番号式のロッカーは、初めてだ。
ちなみに、この暗証番号、勝手に機械が指定するのだという。
ちゃんと、ブツも、クレジットカードも、入っているな。
ん?
な、なんだ?これ?これは、聞いていないぞ。
王女様にラインで問い合わせると、こういう返事だった。
心の中の、リトルkojuroが、項垂れながら呟いた。
どこまで、エージェントをこき使うんだ.....。
恥ずかしいじゃないか。
いい、おっさんが。こんな人形を持っていたら.....。
いかん、時間が無い。
ブツの回収が済み、即座にルミネ2に向かい、中に入り、店をつきとめた。
あらかじめ王女様にLINEで説明を受けていたが、その説明は、あまり当てにならなかったようだ。少し、探し回った。
そして、最後の懸念事項を、王女様に、質問した。
すると、即座に、番号4桁が、返ってきた。
残念ながら、この番号は、コードネームには、無関係だ。
お店に入ると、愛想の良さそうな店員さんが、即座に寄ってきた。息を切らし気味の、怪しいオッサンが入ってきたら、それは、警戒するだろう。
私は、返品でと、言いかけたら、満面の笑顔で言葉を返された。
お待ちしておりました。
そして、レジ待ちの列に即座に誘導された。
返品の処理は、滞りなく、時間的にも、迅速に対応してくれた。
ただ、お店の中の、若い女性たちの、違和感に満ちた視線が痛かった。
すべてが終わり、お店から逃げるように出ると、なんと、店員さんが、追いかけてきた。
心の中の、リトルkojuroが、驚いて声を出した。
何か、粗相があったのか?!!
すると、店員さんは、満面の笑顔で、こういうものを、渡してくれた。
返品商品の紙袋に、こんなかわいいものが、残っておりました。
気づかず、失礼いたしました。
あまりにも、対応も、雰囲気も良いお店だったので、お店のリンクを貼っておこう。
ここの、新宿ルミネ2の店舗である。
さて、ようやく、S級のミッションが終わった。
報告書を提出し、宣言をした。
心の中の、リトルkojuroが、腹を抱えて笑いころげながら、声を絞り出した。
コンブリートは、無いよな。
頑張ってはみたが、エージェント、クビだな.....。
女王陛下こと、家内も、私も、過保護である。そして、王女様こと、長女は、過保護のカホコである。