弔問
長男のこだわりポイントは、イギリスのサッカーチームのマンチェスターシティ(以下、シティ)と、美食と、F1のルイス・ハミルトンである。
9月の上旬のことだ。長男が、急に、9月の中旬に、イギリスに行くと言い出した。
シティの応援だ。
サッカー観戦を目的に、海外まで旅に出掛けてしまう。
このご時世で、ここ2年半、日本に閉じ込められていたのだと不満を漏らしてはいたが、まさかこのタイミングで渡航するとは思わなかった。
聞くと、前々から準備していたそうである。だが、渡航の直前に、予想だにしていなかったことが起ったのである。それは、エリザベス女王死去という歴史的大事件である。
長男は、頭を抱えた。
夏期休暇は、タイミングをズラせない。いまさら、キャンセルなんて、あり得ない。
長男の口からは、どうしてこのタイミングで亡くなってしまうのかと首を垂れて残念がったが、それは、女王陛下に対する哀悼の意識から出た言葉ではなく、国葬に向けた厳戒態勢などの国情変化でサッカーの試合が見られなくなる心配からあるという、極めて自己中心的な言葉であった。
心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
うちにも、女王陛下(注1)がいるのにね。女王陛下を大切に思おうよ。
選択の余地は無く、長男は、弔問の旅に出立した。
スタジアムでは、やはり、黙祷があったという。イギリスだけではなく、スペインまで脚を伸ばし、1試合中止にはなったものの、イギリス国内で4試合観戦し、その4試合とも、黙祷したのだそうだ。
長女は夏休みが既に終わっていて。長男に同行することはなかったが、シティファンである。
長男は、やたらにシティの選手のユニフォームやマフラータオルなど、グッズをたくさんお土産として購入してきた。
それをたくさん見せびらかしながら、私には、イギリスのお土産は、なかった。
心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
出国する前に、厄介な置き土産をしていったけれどね。
そうなのだ。長男の会社は、仕事柄、不特定多数の顧客との接客を常にする。シフト制で、もしも体調不良などがあれば、交代が発生する。だから、日本時間の10時から1時間のあいだに、体調報告をする必要があるのだ。それも、休みの日も含めて毎日。
その時間は、イギリス当地時間で夜中の2時あたりになる。完全に寝ているから、就寝前に私に体調を報告するから、代わりに入力してほしいと要望された。
私は少し躊躇したが、家内は、ご存知のように過保護で。長男は、カホオなのである。
私が、代わりに入れることになった。
すごく手間がかかったが、出国2日目に入力を忘れていて。長男から、こんなLINEが入ってきた。
未報告追及メールが、何通も入ってきていたらしい。
家内から、私が出張三昧だった時期に獲得したマイルランクで家族カードを作らされ、それをいまだに続けさせられている。今や私は、役職も外れ、遠出張などもう無いので、私自身には何の恩恵もないのだが、長男の今回の旅行では各地のラウンジに入ることができ、かなりの恩恵を受けられたようである。
長男は、女王陛下の弔問の列には並べなかったようだが、長女や次女にはかなりのお土産を買って帰り、2人とも大喜びだった。
こんな記事を書きながら、ふと後ろを振り向くと、誰もいないソファーが、静かに笑っていた。
家族LINEによると、家内は、元気なようである。
家内が元気だと、我が家は明るくて平和である。
そして、長男の弔問の旅も終わり、無事に帰宅した。
だから。
これで、いいのだ。
(注1)我が家の家内の普段の呼称は、「さっちゃん」である。ときに、女王陛下という別の呼称もある。エリザベス女王陛下とは比べようもないが、間違いなく我が家では、君臨している。