クラシックカー
7月の中旬のことである。今では珍しい光景を目にした。それは、車のエンストである。
ちょっと、いや、かなり遠目な景色だったのだが、街中の道路で、交差点の前。急に動かなくなった車があった。今ではあまり見かけない光景だが、いわゆる、エンストのようである。
しかもこの車、かなりの、クラシックカーのようで。私は、同じ型式の車を見たことがない。
運転士は、最初、車から降りて、車を路肩に寄せた。そして、エンジンルームを覗き込んで、いろいろ確かめていたようで。
暫くして、携帯電話を取りだして、電話で誰かと話しているようだ。
JAFでも呼ぼうとしているのか。それとも、アポイント先の人と、約束の時間に遅れてしまうことを話しているのだろうか。
電話が終わり、また、エンジンルームを覗き込み。
でも、とうとう、諦めたのか、車を完全に道路から脇道の、安全なところに移動させた。
それも、ハンドルを持ちながら、手で押して。
心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
やるなぁ。もう、めったに見ることの出来ない光景だ。
この車を、今でも使い続けていることに、感服する。メンテナンス維持費も、大変だろうし。手間も、大変だと思う。
だが、この車のオーナーは、それを、やっている。
車への愛が、半端じゃないのだろう。
我が家の車は、小志朗という名前がついている。大切に使おうとは思っているが、洗車も含め、手入れをきちんとしているかというと、そうでもない。
恐らく、私は、少なくとも、この人には、車への愛情は、敵わない。
心の中の、リトルkojuroが、また、ボソリと、呟いた。
もう少し、小志朗を、大切にしようか。
家内は、また、長期出張の準備に入っている。
自主トレ(注1)を申し出ても、今日は良いよと言うのである。
だから今日は、脚ではなく、背中をマッサージした。
仕事をしている家内の横に座って、手で背中を、ほんの10分ほど、撫ぜただけだが。
それでも家内は、気持ちいいと言った。
マッサージをすると、家内は、上機嫌になる。
家内が上機嫌だと、我が家は、明るくて平和である。
だから。
これで、いいのだ。
(注1)私は、家内のマッサージを、よくする。家内に促されずに、自らの申し出で家内のマッサージをすることを、自主トレと、勝手に呼んでいる。