約9円

ずっと読み進まなかった『月と6ペンス』を読み終えた。

安い古本でよくある、前の持ち主が容赦なく赤線を引いていたのも気が散った一因ではあったものの、何より直訳の文体がスムーズに入ってこなかったのが一番の障害になっていたと思う。
職場の都合で、日↔英を忙しなく翻訳しているからか、久々に手に取った本はするすると読み進んだ。

訳者の後書きでは『月』は「手の届かないもの」、『6ペンス』は「世俗的で取るに足らないもの」と定義されていたが、調べてみると、6ペンス硬貨は幸運の象徴らしい。
そう思うと、このタイトルにも奥深さと皮肉が染み出してくるような気がする。

翻訳の不自然さもそうだが、当時はきっと、現地の文化や風習を理解することも、情報を集めることすら難しかったのだろうと思う。
今は「6ペンス」と調べればマザーグースまで簡単に辿り着けるが、初版1970年とあればお察しである。

序盤が本当に進まなかったが、読み終えてから戻ると「あ、伏線……」となったり、台詞もまた違う感じ方になってくる。
ストリクランド夫人の「病気にでもなって野垂れ死ねばいい」の言霊は恐ろしいものがあるし、それぞれの女性の在り方、関わり方、考え方が皆違うのは興味深い。個々人の考え方というより、生活水準や環境によって醸成されている感がある。

「男はときどきしか恋愛できないが、女は常に恋愛が至上にある」
「恋愛を最重要事項として捉えてる男のことは結局女側も『実はくだらない人間なのでは?』って不安視するし軽蔑する」
(意訳)

すごいこと言うよな……でもなんというか、わかる。
いつの時代でもそういう温度差はあるし、そのぐらいがなんだかんだでちょうどよく進んでいる、気がする。
話を聞く限り、というレベルだけど。まあ私はそういうのに縁がないので……

人が時々生まれる場所を間違える、というのも印象的な話だった。
私の友人も渡米してコロナやらなんやらのアレで渋々帰ってきたクチのようだが、「ニューヨークに帰りたい」が口癖だ。
多分、彼女にとってはアメリカが本来在るべき地だったんだろうな。
見つかったらその瞬間に魅入られてしまうということも、一生見つからず安息を得られずに死ぬ人が大勢いるということも、頷ける言葉だった。
「四角い釘」のストリクランドはヨーロッパの融通のきかない釘穴には合わず、誰に対しても柔軟な釘穴を持つタヒチに辿り着いたわけだけど、彼の自覚は置いといて、それもまた在るべき場所を見つけた幸運だったんだろうな。

何かを見出し、生み出すということに大いなる苦難と犠牲を伴う凄絶な物語だった。
勿論小説ではあるけども、芸術家の狂気と魅力が、凡人の視点だからこそ生々しく、畏ろしく描かれていて、歳を重ねて読み返したいと感じた。

まずは綺麗な本を買わなければ。

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