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【日記】2023/10/31人混みの緊張と束の間の緩和
出先から帰るとき、駅や電車にはものすごい数の人がいた。
おそらく帰宅ラッシュにぶち当たったのだろう、蟻の群れのような人混みだった。
改札を通って電車を待ち、乗った。
乗り換え駅に着くまでも、電車はいくつか駅に止まった。
その度に人が乗り降りし、私は至近距離を移動する人々に怯えた。
自分の周りにバリアがあって、他人の周りにもバリアがあって、それらが触れ合う度に肌がビリビリするのだ。
それが恐ろしくて、動いている他人を見ると体が固まる。
動いている人が不用意に至近距離に迫ろうものなら、「ヒッ」という悲鳴を上げて過呼吸になってしまう。
不用意に人の至近距離を通る人々は、私を顧みることなく、あるいは怪訝な顔をして通り過ぎる。
悲しいことに、これが私の日常だ。
しかし今日はそれで疲れたのだろうか、ひと駅分乗り過ごしてしまった。
その駅から戻る方向の電車はさらに混んでいた。
そして良くないことに、私のすぐ前に乗った人はドアの目の前で回れ右をして位置を固定した。
その人とドアの間に乗り込むしかなかった。
少しでも体を触れさせたくなくて、ぎりぎりまで体を反らしてドアにしがみついた。
そのひと駅間は、「触らないで気持ち悪い怖い怖い怖い」しか考えていなかったと思う。
その人が悪いわけではない。
ただ、いわゆる「他人」のパーソナルスペースと自分のパーソナルスペースを触れ合わせなければならないことが気持ち悪くて怖くて仕様がなかったのだ。
ドアが開いたときは、一瞬「助かった」と思えた。
しかしドアの外も人混みだった。
駅の中の通り道、その先の人、人、人の様相も容易に想像されて、
「もう嫌だ」
と口に出た。
もう嫌でも歩くしかなかった。
人に怯え、体を固まらせながら歩ききった先には、また蟻の集合体がいた。
本当に無理だと思った。
体が拒否している。
そんなわけで気が動転して有料座席指定列車の指定席切符を買った。
お金と時間をかけてでも、もう電車という閉鎖空間で人の近くにいたくなかった。
待っている間も人に怯え、やっと来た電車に乗るもすぐに隣に人が座った。
(いや無理)
と思って速やかに席を立ち、開いていないドア付近に立った。
立っている人は他にはいない。
有料座席指定列車(早口言葉かな?)なのだから当たり前といえば当たり前だ。
快適な空間だった。
しかし、列車が動いてからも「こいつなんで立ってんの?」的な視線を感じた。
ひどく居心地が悪い。
私の被害妄想で、本当はそんなことを思っている人がいなかったら嬉しいのだが。
車掌さんが切符を確認しに来て、
「切符は買っているが人の隣に座るのが苦手で立っていたい」
ということで了承を得てからは気が楽だった。
気は楽になった。
しかし、これからこの列車が止まる比較的郊外の駅で降りて再び逆方向の列車に乗って自分の最寄り駅に向かわねばならないことを思い出した瞬間、気が重くなった。
どうしようもないので車窓を眺めていた。
大都会の人混みよりは人が少ないであろう町々を眺めて、勝手に心が癒やされた。
もはや投げやりである。
電車が止まった。
背筋を伸ばしてホームに足を下ろした。
私が立っていたそのドアから降りたのは私ひとり。
人が少ない。
その事が本当に嬉しかった。
旅行で、知らない駅にふと降り立ったときのような気持ち。
マスクをつけなくてもいいと思えるにおい。
ようやく深く息が吸えた。
温泉の水のような、湿った木のような、
安心する匂いの空気だった。
ホームの一番端まで進むと、外に植物が生い茂っていた。
その匂いだったのかもしれない。
少し待って、乗ってきたのと逆方向、都心部ゆきの電車に乗った。
周りに人が立っていないドアがあって、若干安心して立っていられた。
最寄り駅で降りて帰り道、切れていたものを買うためにスーパーに寄った。
ふとアイスクリームが食べたくなったので、ハーゲンダッツのリッチミルクを買った。
帰路の疲れで動揺していたせいか、他にも色々買ってしまった。
スーパーを出て家までの道を歩いていると、
「アイスなんて糖質も脂質も多いもの買って、しかも夜に食べる気?」
と批判的な自分に言われた。
そうだなあ、なんで買っちゃったんだろうとちょっとしょんぼりした。
家に着いても消耗していたので階段を登る気になれず、自分の部屋までエレベーターで上がった。
鍵を取り出し、鍵穴に差し込み、 180°回転させ、反対方向に戻す。
部屋に入り、靴を脱ぎ、荷物を投げ出してものも言わず座り込んだ。
静寂の音が耳に痛かった。
ここには自分のパーソナルスペースを侵す脅威はいないという安心感で体が少し緩んだ。
恐怖でかいた汗が冷えていく匂いがやけに鮮明に感じられる。
しかし、私の背中はずっとずっとビリビリしたままだった。
先程買ったアイスの蓋を開け、内蓋を剥がす。
少し溶けた中身をスプーンですくい、その一欠片を口に含む。
舌で転がしていると、砂糖の甘みと乳脂肪のコクを感じた。
何口か食べるとともに、感情が戻ってきた。
爆発的に「美味しい!」という感じではなかったけれど、ああ買ってよかったな、と思った。
胃に冷たいのものが落ちてくるのに気づくと、世界を感じる感覚が戻ってきたのにも気づいた。
たった今帰ってきたかのように部屋を見回す。こんなに時間が経っても、私の背中はまだビリビリし続けていた。