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思い込み努力

はじめに

時間を掛ければ、ある程度のことは習得できるようになりますが、それが具体的に何時間でなのかという一律で明確な基準はなく、人によって習得できる基準は異なります。さらに時間に比例し続けるかと言えば、そういうわけでもありません。その段階に応じた努力をする必要があります。今回はその努力や努力と思い込んでいるものについて書いていこうと思います。正しい努力をすれば、タイトルの写真のようにW杯を取れるような人になれるかもしれません。

努力=時間は嘘

それに費やした時間が多ければ、成功するとよく言われます。簡単な例が受験勉強で、1日10時間勉強すれば志望校に受かるでしょう。確かに時間に比例して実力を付けていくことは可能です。しかし、時間をかけたからいって、必ず成功するとは限りません。むしろ、努力=時間と呪縛は単なる幻想にすぎません。学生時代に部活をしながら塾に通って、1日5時間勉強している友達がいました。勉強に対する熱意はすごく感じられますが、結果が伴っていませんでした。よくよく話を聞くと、塾でやったことをやるだけで、自分で理解していませんでした。それこそ、努力=時間と言われれば、そのまま信じるようなタイプでした。
努力と時間はある程度比例しますが、因果関係のあるものではありません。共通の要因があり、それによって相関関係として表れているのだと思います。時間をかけたから、自分は頑張っているというはおごりです。かと言って、時間をかけていないから努力をしているというのは、もっての外です。努力と時間の共通の要因は自分で考えることができるかどうかです。これができないと、時間をかけてもその努力はほとんど足しになりません。逆に自分で考えながら何かをすれば、短時間でもある程度の成果を上げることができます。
勉強にしても、スポーツにしても最初から自分で考えながらやらなければ、努力したことにならないのかと思われるかもしれませんが、そうではありません。段階に応じた努力というものが存在します。それについて次の章で書いていきます。

ローギアからトップギア

何かを始める最初の段階は誰かから教わり、それを覚えることです。学ぶの語源は「まねぶ」であり、真似るから来ていると言われています。学ぶことは真似ることでもあります。最初は自分で考えるよりも教えてもらったことをそのまま留めておく必要があります。詰込みは時間に比例します。この段階は努力の第一ステップです。これが努力のすべてではなく、努力の入り口でここからスタートするのです。
第二ステップは詰め込んだものを実践し、できないところを再度詰め込んで実践するというステップです。これはインプットとアウトプットの関係ですが、この段階では自分の考えや理解はまだいりません。まずは教わったことができるかを自分で試す段階です。この段階ではできること、できないことが少しわかります。この段階も時間と努力は比例します。そして次のステップに移ります。
第三ステップで教わったやり方に自分の考えを足して、実践していきます。前の段階で教わったことを自分に完全に当てはめることができないとわかったので、この段階で修正する必要があります。この段階から時間=努力という関係性は弱くなっていきます。この段階でも努力=時間と思っている時点で無駄な努力になってしまいます。その段階にいないということに気付く必要があります。ここで挫折する人が多いのはそれに気づけないことが原因だと思います。
第四ステップでは自分のやり方と教わったことを長所・短所が分かっている段階で、無駄に時間をかけるのではなく、どこに時間をかけて何をするかをはっきりさせて行動する段階になります。このステップでは、短所の底上げをするか、長所をひたすら伸ばすのかは本人次第で誰かが決めてくれるステップではありません。なので、時間のかけ方も自分で選ぶことができます。
第一、第二ステップは満遍なく対処するという段階でこの段階だけを見て、努力と言って人がいますが、重要なのはその先の第三、第四ステップです。第三、第四ステップになって自分の実力が伴ってくる段階になります。努力が実を結ばないと思っている人は、自分の力が第一、第二ステップで止まっていて、第三、第四ステップにたどり着いていないからです。第三、第四ステップになって初めて努力をしたと言える段階になると思います。自分で考えない段階は努力の途中であって、実を結ばないのは当然のことです。家の骨組みだけ作って、家が完成したと言っているに等しいです。重要なのはそこからですよね。

最後に

じゃあ、最初から我流を貫き通せばいいのではないか?と思われるかもしれませんが、それは違います。最初は基礎固めをする段階で、それを怠れば無駄な努力になってしまします。形を知って自分でアレンジするのを型破りと言いますが、形を知らずに自分のやり方で進むのを形無しと言います。最初は基礎を固めることから始めなければなりません。基礎を固める段階では時間に比例して身について行きますが、基礎固めから応用になった段階で時間に比例しなくなります。車と同じで発進はローギアですが、ある程度スピードが出るとサードやトップにギアを入れます。それと同じで段階を踏んでいかなければなりません。論語で過ぎたるは猶及ばざるが如しということわざがあるように、やり過ぎはしていないのと同じであって時間を掛ければいいというものではありません。努力が報われなかった時にあれだけ努力したのにと思うことがあるかもしれません。それは客観的にその努力が足りていなかったか無駄だったかのどちらかです。どの段階の努力をするべきなのかを考えることも努力の1つで、ただやみくもにやればいいというのは不完全な努力です。努力する過程で何が必要なのか、そしてどれぐらいかけるべきなのかを考えることが大事だと思います。

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