POD(プリント・オン・デマンド)での出版を探る① 合弁会社が誕生するほどの注目分野
小説投稿サイトに投稿されている小説はライトノベルが多い。読者層も若い人が中心。小説投稿サイトでの小説の公開を検討したが、私が書いたビジネスの世界、企業人のビヘイビアを描いた小説は「小説投稿サイトの読者と合っていないのでは」という思いが強くなった。
小説投稿サイトにない小説ジャンル
それを示すかのように、小説投稿サイトの多くで「経済小説」「ビジネス小説」というジャンルが見当たらない。
20万字ほどの小説の一部を小説投稿サイトに掲載して、その後、全編を盛り込んだ書籍の出版につなげようと考えてきた。だが、読者が読みたい小説と、私が発表しようとしている小説の間でミスマッチ(釣り合わない組み合わせ)が生じて、読者の支持が得られそうにない。
小説投稿サイトはさまざまな文学賞や新人賞を創設しているが、そうした文学賞の対象に沿った小説ではないし、投稿サイトのランキング上位に入る小説でもない。投稿サイトにアップした小説を読んだ編集者から、書籍化の声が掛かるとも思えない。
「新人文学賞を受賞し、箔が付いた小説家でないと、文芸の編集者には相手にされない」というメッセ-ジは今も耳に残っている。
小説投稿サイトでデビューして、書籍化を実現する。投稿サイトで注目されている作品をチェックすると、私の小説の場合、関心を呼びそうもないテーマなので、書籍化はあまり現実的ではない。
異世界や冒険ファンタジーなど、テーマや設定が若い読者向けの小説であるなら、あるいは作品を次々と書きながら小説家を目指そうという人には、小説投稿サイトは有用だと思う。
「出版社を舞台にし、ビジネスの世界を描いた長編小説を出版したい」という希望は叶えられそうにない。
だが、小説投稿サイトを調べていて、貴重な経験をした。多くの人々が真摯に小説と向き合い、多くの読者に読んでもらいたいと、闘い続けている姿に触れたことだ。
さまざまな刺激を受け、何としても出版したいという思いが強くなり、別の手段を考えることにした。
必要な時に必要な量だけ印刷する
客の注文があった時点で、書籍を印刷・製本して出荷するPOD(プリント・オン・デマンド、オンデマンド印刷)を活用した出版の方法を探ってみた。
プリント・オン・デマンドは必要な時に、必要なデータを、必要な量だけ印刷するもの。オンデマンド印刷の強みは、小ロットでの印刷が可能で、在庫を抱えなくていい点だ。従来の印刷方式は作業工程が多く複雑であったが、PODでは印刷と製本が簡単にできる。
学術書、専門書、絶版になった本の復刻、自費出版など、さまざまな用途で利用されている。
印刷方法について少し補足しておこう。商業出版で紙の書籍を販売する場合、1000部、2000部といった数を印刷しなければ採算に乗りにくい。大量印刷で利用されているのがオフセット印刷だ。
オフセット印刷の作業プロセスは、DTP(Desktop Publishing)による版下の作成 → 製版 → 刷版(印刷するときに使用する版のことで、文字や図を反転させたもの) → 印刷の順である。
オフセットというのは、刷版についたインキを、ブランケットと呼ばれる樹脂やゴム製の転写ローラーに移し(Off)、ブランケットを介して印刷用紙に転写(Set)し、版と用紙は直接触れない。このためオフセット印刷と呼ばれている。
POD(オンデマンド印刷)は版が不要なため、コストを低く抑えられ、品質の高い印刷が少部数から可能になる。
一方で、PODにはデメリットもある。PODで用いる高細密のトナーは気温の影響を受けやすく、色が安定しない問題がある。小説などの単色の印刷でも、PODはオフセット印刷に比べると、質が落ちる。
また、従来の出版方式では、印刷部数が増えるごとに1部当たりの単価が下がる量産効果が出るが、PODでの出版は1部でも1000部でも、1部当たりの単価は変わらない。量産効果が出ないこともデメリットの一つ。
このようにデメリットがあるものの、PODは小ロットでの印刷市場で急速に広がっている。
アマゾンジャパンが2011年4月に始めたアマゾンPODは紙ベースの書籍を出版するサービスで、印刷・製本・出荷をアマゾンが一括で行う。希望すれば、アマゾンで流通販売まで請け負ってもらえる。
アマゾンとDNP(大日本印刷)は「プリント・オン・デマンド(POD)プログラム」を開発し、取次企業や出版社を通じてサービスを提供している。「プリント・オン・デマンド・プログラム」に参加する企業は以下の通り。
PODプログラムへの参加企業
PUBFUN(パブファン)
学研プラス
クリーク・アンド・リバー社
ゴマブックス
日本図書館事業協会
モバイルブック・ジェーピー
ワイズネット
POD事業を行なってきたインプレスR&Dの親会社、インプレスホールディングス(インプレスHD、上場企業)とメディアドゥ(上場企業)はPOD出版サービスで国内最大規模となる合弁会社、PUBFUN(パブファン)を2022年4月に設立した。
インプレスR&Dが手掛けるのが、個人向けPODサービスに強みを持つ「ネクパブ・オーサーズプレス」で、メディアドゥが手掛けるのは、法人向けサービスの「PUBRID(パブリッド)」。
個人向け、法人向けという両者の強みを生かし、POD市場の拡大を加速させるため、2つの事業を統合した。ちなみにPUBFUN(パブファン)の出資比率はインプレスHDが51%で、メディアドゥ が49%。
PUBFUNは、日本最大規模のプリント・オン・デマンド(POD)サービス会社で、出版社や法人を対象とした「PUBRID(パブリッド)」と、インプレスR&DのNextPublishing事業から引き継いだ個人対象の「ネクパブ・オーサーズプレス」の双方のPODサービスを提供していく。
メディアドゥの子会社が小説投稿サイトを運営
PUBFUNでは、最近注目されている「ひとり出版社」を簡単に立ち上げることができ、POD事業を新たに始めるチャンスが個人や出版社以外の企業・団体に広がると見られる。
メディアドゥの子会社、エブリスタが運営する小説投稿サイト「エブリスタ」、さらにインプレスグループの出版社(インプレス、山と溪谷社、イカロス出版、近代科学社、天夢人、リットーミュージックなど)とのシナジー効果も狙っている。
今後、小説投稿サイト「エブリスタ」に投稿された小説がPODで出版しやすくなるかもしれない。次回は、PODで出版する費用について検討してみたい。(敬称略)