自費出版で小説を出すときの費用と注意点① 自費出版からもベストセラーが生まれていた
POD(プリント・オン・デマンド)での小説の出版を検討してみたが、販売価格を高く設定しなければならず、多くの読者に読んでもらいたいと思っても、販売部数(印刷部数)の量産効果が見込めない。
部数が多くなっても、1冊ごとの印刷だから、コストダウンが難しく、大量に売れたから大量に印刷すると言って、割安にはならない。そのためPOD出版には壁を感じてしまう。
とは言え、もう少し調べてみる価値がある。アマゾンが提供している、Kindle ダイレクト・パブリッシング(KDP Kindle Direct Publishing)での電子書籍の出版と、アマゾンPOD(プリント・オン・デマンド)プログラムでの紙の書籍の出版の併用を検討しようと思っているが、書店での販売ができないところがネックだ。書店の店頭で自分が書いた本を見つけて手に取ってみたいと、ついつい考えてしまう。
アマゾンの出版サービスを紹介する前に、自費出版の可能性について考察してみたい。
以前、自費出版の世界を取材し、特集記事を担当したことがある。特集のテーマは「1億総表現者時代が始まり、出版、音楽、映像で個人が自在に情報発信できる」というもので、雑誌の発売は2007年。
インターネット小説を自費出版していた
当時、自費出版が盛んだったが、小説の自費出版が注目されたきっかけは、2000年10月から始まったインターネット上での、ある小説の公開である。このことは「文学賞に落選。心機一転再スタートを切る① 小説出版へのチャレンジと苦闘の軌跡を紹介します。⑯」でも触れている。
https://note.com/mzypzy189/n/nc7ec318bf91f
Yoshiが『Deep Love』という作品を個人サイトで公開し、自費出版した後、商業出版として出版社から単行本が発行されて大ヒットした。こうしたネット発の小説が脚光を浴び、さらに携帯電話で小説を書き、発表するケータイ小説が話題を集めた。
文芸書の年間ベスト10の5作品をケータイ小説が占めるという事態にもなった(2007年)。プロの小説家ではない作家が続々と登場し、自費出版で本を発売したり、ケータイ小説からそのまま商業出版で本を出すケースも増えていた。
かつて、自費出版の最大手だった新風舎は発行点数で、なんと講談社を抜いたこともあった。2005年のことだ。
現在の天皇陛下(当時、皇太子時代)の長女、愛子様の愛読書として有名になった絵本『うしろにいるのだあれ』(ふくだとしお著)も同社からの自費出版だ。私は経済誌の記者だったころ、新風舎の松崎義行社長にインタビューしたことがある。
松崎社長は「出版社は敷居が高く、素人が原稿を持ち込んでも出版化は難しい。ならば自分の舞台は自分で作ろうと、高校1年生のとき近所の印刷所で処女詩集を自主制作した。以来、本を作る面白さに目覚め、新風舎を設立した」と話していた。
昔は自費出版と言えば「知人に配るために作る自叙伝やエッセイ、詩集、句集」といったイメージが強かったが、商業出版(企画出版)本と同じように書店で販売、流通する本が多くなっていた。
自費出版は、出版にかかる費用を著者が負担し、出版社が書店への流通、宣伝などを担当することから、書店で本を販売する場合「共同出版」とも呼ばれる。
新風舎が積極的に取り組んでいたのが、提携した書店に自費出版で制作した書籍を配本し、一定の期間書店に陳列し、売れ残った本は書店から引き取る「棚買い」という手法だ。
新風舎の場合、著者の費用負担は発行部数500部の書籍で150万円ほど(2007年当時)。全国の提携書店800店を対象に配本された。
自費出版で急成長した出版社の倒産が相次ぐ
この「棚買い」制度を真似た自費出版社の碧天舎も出版点数を伸ばしていたが、2006年3月に自己破産している。
松崎に、自費出版の碧天舎の倒産で打撃を受けたかどうかを質問したところ「幸い、弊社にはまったく影響がなかった。競合が減ったせいか、出版点数が増えたほどだ」と答えていた。
ところが、2007年の7月、新風舎から出版した著者3人が、同社を相手に損害賠償を求める民事訴訟を起こす。全国約800の書店で販売すると勧誘されて自費出版したが、一部の書店にしか置いていなかったというのがその発端だった。
大量の在庫書籍を抱えていたところに、裁判沙汰になった影響もあって、新風舎は翌2008年1月、民事再生を申請するが、再建の支援が得られず倒産した。
自費出版するための費用を支払っていたのに、本を出せず、返金もされない。碧天舎の破綻や、新風舎の倒産後には、このような被害者が出た。
新風舎は「新風舎出版賞」という出版作品賞を1996年に創設。フィクション、ノンフィクション、ポエトリー、ビジュアルの4部門があった。大賞などの有望な作品は出版社側が費用を負担するが、選に漏れた作品は著者がお金を出して出版する。
自費出版社の倒産で、1000人を超える被害者を出したケースもある。自費出版をするときは出版社選びが重要で、その会社のシステム、強み、課題を事前に調べておく必要がある。文学賞を主催して著者を集めていた事例もあり、慎重な見極めが大事である。
新風舎とともに、自費出版・共同出版の有力な出版社なのが、『リアル鬼ごっこ』(山田悠介著)や『心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている』(神永学著)などのヒット作品を生み出してきた文芸社だ。
自費出版する著者の資金を守る制度も
碧天舎の倒産による混乱を背景に、文芸社は2006年6月に「著作者保護制度」を開始している。自費出版を希望する著者から事前に受け取る出版委託金などを、銀行の信託口座で管理する制度である。万が一、出版社が経営破綻した場合にも、著者の資金を守るためのセーフティネットである。
文芸社自身も販売方針などをめぐる著者とのトラブルが原因で、裁判に至った苦い経験があり、勝訴したものの、安全と安心を担保する対応が望まれていた。
文芸社はその後、人文・社会科学系の書籍を出版していた草思社を子会社化し、文庫レーベル「草思社文庫」を創設。文芸社文庫、文芸社文庫NEOも創刊し、自費出版とともに商業出版にも力を入れてきた。
文学賞も創設し、えほん大賞、文芸社文庫小説大賞、Reライフ文学賞(朝日新聞社との共催)などを通じて、魅力ある作品の発掘に取り組み、これまで1万6000人以上の著者を世に送り出している。
自費出版の現状を調査するに当たって、大手出版社で自費出版した場合の費用や書店での販売方法などを、実際に出版社に聞いてみたい。
現在、書き上げた20万字の小説を自費出版したら、どれぐらいの費用がかかるのか、具体的な数字やアドバイスがほしい。それで、大手出版社の自費出版部門(数カ所)と、自費出版をメイン事業として展開する出版社(数社)にアプローチしてみた。(敬称略)