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宝塚歌劇団員の死で無責任な対応          阪急阪神HGで機能しない社外取締役

誰も責任を取らず、それが許される不思議

宝塚歌劇団のそら組公演「ル・グラン・エスカリエ」(題名は大階段の意味で、宝塚歌劇の象徴でもある)が6月20日、約9カ月ぶりに宝塚大劇場(兵庫県宝塚市)で開幕した。

公演の冒頭、登壇した宝塚歌劇団の村上浩爾こうじ理事長は、宙組公演の休止が長期にわたり、演目が変わったことに「大変ご心配とご迷惑をおかけしましたこと、改めて深くおわび申し上げます」と観客に謝罪した。

公演中止の原因となった昨年9月30日の宝塚歌劇団員の死に関しては、一言も発言がなかった。チケットを買って、劇場まで足を運んだファンに向けた謝罪でしかない。

劇団員が死去した後、宝塚歌劇団も、親会社である阪急電鉄の持ち株会社、阪急阪神ホールディングスも、遺族と真摯に向き合ってこなかった。

昨年10月7日、劇団員の死の原因調査を、阪急阪神グループと縁のある大江橋法律事務所(大阪市)に依頼。9人の弁護士が調査、ヒアリングをして、11月14日に調査報告書を発表したが、いじめやハラスメントは確認できなかったと結論付けた。

当時、宝塚歌劇団理事長だった木場健之こば けんし氏は記者会見で「いじめやハラスメントは確認できなかった」「歌劇団としては、特に宙組に問題があったというふうには考えておりません」と強調。

昨年12月1日付で退任した木場氏に代わって理事長になる村上氏(当時、専務理事)は、先輩劇団員がヘアアイロンで故人の額に火傷を負わせた件について、「ヘアアイロンの件につきましては、そのように(遺族側、遺族側弁護士が)おっしゃっているのであれば、証拠となるものをお見せいただけるようにお願いしたい」と発言していた。

宝塚歌劇団の渡辺裕企画室長は「歌劇団としましては、いじめという事案があるとは考えていません。加害者も、被害者もおりません」と弁明し、一部の報道に対して「非常に歪曲した表現で書かれてます」と、マスコミを挑発する態度を取っている。

その後、昨年11月22日、西宮労働基準監督署が歌劇団に立ち入り調査を行い、同年12月18日、いじめ、パワハラを否定する調査報告書は、宝塚歌劇団の公式サイトから削除された。

2023年度下半期(2023年10月~2024年3月)の宝塚大劇場(客席数2550席)の休演は約100公演、東京宝塚劇場(客席数2069席。東京・日比谷)の休演は約60公演に上り、宝塚歌劇団、阪急阪神HGがいじめ、パワハラを隠蔽し、認めなかったために問題が紛糾。公演再開のメドが立たず、業績悪化を招いた。

悪質ないじめや隠蔽を不問に付す

いじめを否定してきたが、結局、今年3月28日、遺族側が指摘するいじめ、パワハラをすべて認めて、阪急阪神ホールディングスのすみ和夫会長兼グループCEO、阪急阪神HGの嶋田泰夫社長、宝塚歌劇団の村上理事長が遺族に直接会って謝罪した。

半年間、自らの非を認めなかった宝塚歌劇団、阪急阪神HGは明確な責任を取らず、「いじめ、パワハラは認められない」との報告書を提出した大江橋法律事務所も口を閉ざしたまま。大江橋法律事務所のホームページを見ても、触れられていない。

村上氏は専務理事から理事長に昇格しており、遺族側に「証拠となるものをお見せいただけるようにお願いしたい」と言っておきながら、「カエルの面に水」といった態度である。

宙組の幹部上級生(宝塚歌劇団ではいつまでも上級生と呼ぶが、分別があるはずの大人)4人、上級生3人、劇団プロデューサー2人、演出担当者1人の、少なくとも10人がパワハラに関与していたが、宝塚歌劇団と阪急阪神HGの首脳が遺族側に謝罪した際、幹部を含む上級生3人、劇団スタッフ3人の6人は遺族に対し謝罪文を書いた。

残り4人のうち、3人はいじめ、パワハラを認めず、謝罪を拒否している。そうした劇団員が宝塚宙組公演「ル・グラン・エスカリエ」のメインステージの中央に堂々と立っているのだ。

ネットでの反響は大きかった。
「結局、経営陣もいじめた人も、誰も責任を取らずに再開。さすがことなかれ主義、パワハラ奨励、男性中心、体育会系、JTC(筆者注。ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー。伝統的な日本企業)で、風通しが存在しない阪急らしいですね」
「批判されるべき人が守られる宝塚」
「パワハラをしてた劇団員の公演をよくやるなぁ。自分だったら宙組は解体するけどな。見る方もよく見る気になるよなぁ。演者はパワハラしてた人達だぜ、何もなかったような平気な顔でいられるなんて最低」
などと、責任を感じない宝塚のスターや経営者を批判する声が相次いだ。

宙組公演が再開される6日前の6月14日、梅田芸術劇場(大阪市)で阪急阪神ホールディングスの株主総会が開催されたが、宝塚歌劇団員の死をめぐる問題で紛糾した。

株主総会の冒頭、角会長は劇団員の自死事件について「株主の皆様をはじめ、多くの皆様にご迷惑、ご心配をおかけしました。心よりお詫び申し上げる」と公式の場で初めて謝罪。

株主から「すべての問題が解決したら角さん、あなたがホールディングスの取締役を辞任してください。安全第一の鉄道事業を営む会社がこのような事件を起こしたのは恥ずべきこと」と、辞任要求まで飛び出した。

角会長は「去就については自覚しており、75歳でございますし、近々辞退をする」と発言すると、会場から拍手が起きたが、「ただ来年までは、このままの体制で行かせていただく」と、辞任を拒否した。

遺族側が列挙していたいじめ、パワハラのすべてを、宝塚歌劇団、阪急阪神HGが認め、いじめた上級生がハッキリしているのに、いじめた側が何ら処分を受けていないことに対し、株主から疑問の声が上がった。

阪急阪神HGの大塚順一執行役員は、劇団員を死に至らしめた上級生(20歳をゆうに超えた大人)のパワハラについて、「それぞれの行為はハラスメントに当たるものだが、基本的には、悪意を持って当たったものではない」と回答。

「悪意がなかった」というのは当人の主張でしかなく、「悪意がなかった」と言えば、どのような行為も問題にしない態度に、会場で怒号が飛び交かった。

いじめをした劇団員には、厳しい指導や叱責がハラスメントになるという認識がなかったとして、処分を行う必要はなく、「すべての責任は、このような環境を作った歌劇団にある」と大塚氏は答弁している。

「悪意がなかった」でいじめが許されるのか

今年3月末の遺族側との合意の際、阪急阪神HGの嶋田社長は劇団員の死について、「劇団経営陣の怠慢、具体的には現場における活動への無理解や無配慮等によって、長年にわたり劇団員にさまざまな負担を強いるような運営を続けてきたことが引き起こしたことであり、そして、これらのすべての原因が劇団にあり、安全配慮義務違反があった」と発言。

上級生の劇団員には「悪意はなく」問題はなかったと、パワハラを行ったスター俳優の責任追及をしないと、嶋田社長は明言していた。

株主総会でも、この論理で押し通し、公演の再開を早くしたいという経営方針に従って、強行突破する姿勢で臨み、大塚執行役員は加害者の処分を頑なに拒んでいる。

嶋田社長は「関係者にヒアリングを行い、詳細を確認して参りました。その過程において、例えば、厳しい叱責が仮に悪意がなかったとしても、ハラスメントにあたることもあるという気付き、そのものが劇団員にもなく、そして、われわれが何よりも、それを教えてもいなかったことを改めて認識した次第でございます。時代に合わせて変えてこなかったのは劇団でありまして、その責任は極めて重いと考えています」と、いじめた上級生に問題はなく、責任はないと主張してきた。

かと言って、宝塚歌劇団の経営陣、幹部の処分もしていない。

阪急阪神HGのドル箱の商品、利益の源泉を守ることに汲々とし、いじめた本人も、宝塚歌劇団も、阪急阪神HGも、責任を回避し続けている。

今年3月の遺族側との合意の際に、「経営責任をどう取るのか」という質問に対し、嶋田社長は、昨年11月に角会長と嶋田社長を減給処分にしたので、「今回は、何の処分もしない」と平然と答えていた。

ずさんな調査報告書でいじめ、パワハラを隠蔽し、いじめ問題を認めてこなかったこと、遺族との交渉を長引かせたことは昨年11月以降に起きた事案なのに、責任を回避している。

阪急阪神HG会長の再任を43%の株主が拒否

外部の専門家で、アドバイザリーボードを発足させて、宝塚歌劇団の運営、阪急阪神HGのガバナンス(統治、管理、支配)を強めていくと、阪急阪神HGの経営陣は大見得を切っている。

改革の進捗状況を報告すると公言していたが、アドバイザリーボードは4月25日と6月5日に会合が行われ、それぞれ1枚のペーパーを公表しただけ。とても企業風土、経営体制の改革を不退転の決意で断行する姿勢ではない。

「宝塚歌劇における改革の取組について」https://kageki.hankyu.co.jp/kaikaku/index.html

阪急阪神グループは、2020年5月に「阪急阪神ホールディングスグループ サステナビリティ宣言」を策定して、「一人ひとりの活躍」を重要視してきた。具体的な方策は以下の通りだ。

①働きがいの向上および労働環境の整備
②健康経営の推進(人の尊重を大切な価値観とし、職場の健康に取り組む)
③ダイバーシティ&インクルージョンの推進(多様性を尊重し、すべての従業員が尊重され、働く者それぞれが能力を発揮し、活躍できていること)
④人権の尊重およびハラスメントの防止
⑤次世代を育成する機会の提供

立派なお題目を掲げているが、④「人権の尊重およびハラスメントの防止」は功を奏していない。

今年5月21日に発表した「2023年度(2024年3月期)決算説明会資料(参考資料)」の41~47ページ、「宝塚歌劇団の事案を受けた当社の対応」で、宝塚歌劇団の問題への対応が羅列されている。

https://www.hankyu-hanshin.co.jp/docs/41abeef0ecdd86e972331e1188ffb662a5896707.pdf

「宝塚歌劇団においては、その組織特性を踏まえた形で展開を図るべきであったところ、十分にできておらず、その結果、効果的なリスク防止・軽減の対策やリスクが発現した際の救済が十分には提供できていなかった。
今後は、これまでの取組を⾒直したうえで、『ビジネスと人権』に関する取組をさらに強化していく」(46ページ)。

このように記されているが、ずさんな調査報告書の作成を許し、問題の隠蔽を放置し、原因解明に真摯に向き合わなかった阪急阪神HG自身に問題がある。宝塚歌劇団の経営の中枢は、阪急阪神側が出向させた人々である。

いじめやパワハラを隠蔽し、「悪意がなかった」で、いじめた宝塚歌劇団のスターの罪を不問にする無責任な企業集団が自浄作用を発揮できるのか、疑問である。

むしろ、宝塚歌劇団、阪急阪神ホールディングスの問題の本質をつかんでいる遺族側弁護士が宝塚歌劇団、阪急阪神HGの変革をサポートし、馴れ合いを排し、第三者のチェックを受け入れたほうが阪急阪神グループが真の優良企業、公明正大なグループになれるのではないか。
(阪急阪神側は、外部の専門家を入れていると反論するだろうが、大江橋法律事務所作成の調査報告書のように、依頼者の意向に反しても、問題点をえぐり出す成果を上げていない)

6月14日に開催された株主総会の取締役選任決議では、角会長の再任賛成票は、前年から約33ポイント激減し、57.45%になった。安定株主など、数の論理で、再選は確実と踏んでいたのだろうが、思わぬ苦戦を強いられた。

阪急阪神グループの経営に危機感を持っている株主は、阪急グループの経営に約20年間、君臨してきた角会長の続投に反対したが、過半数には達しなかった。

役員報酬に未練? 社外取締役は機能不全に

角会長を辞任に追い込めなかったが、多数の株主が阪急阪神グループの経営姿勢に違和感を感じていることが明確になった。

多くの企業がコーポレートガバナンス(企業統治)、 コンプライアンス(法令遵守)の強化に取り組んでいるが、ガバナンス改革は、従業員や役員による不正、不祥事、腐敗の防止・発見につながり、ステークホルダー(利害関係者。従業員、株主、消費者、ユーザー、地域社会など)からの信頼獲得や支持に不可欠だ。

コーポレートガバナンスの強化、コンプライアンスの徹底に重要な役割を担うのが、経営陣を監視し、問題があれば軌道修正を促す使命を持つ社外取締役である。

経営トップの再任に、株主の43%が賛成しなかった企業の経営体制に、阪急阪神HGの社外取締役はモノを申さなかったのか。

ここで、社外取締役の現状と問題点に触れておきたい。

経営者、社外取締役、機関投資家、専門家など、経営に携わる人々が日本企業の成長と、コーポレートガバナンスの普及・啓蒙を目的に結成した団体が日本取締役協会である。

日本取締役協会のホームページに、『社外取締役のトレーニングと買収行動指針』が掲載されている。

https://www.jacd.jp/news/column/column-opinion/240311_post-306.html

この記事で、経済産業省の経済産業政策局産業組織課長の中西友昭氏は「近年、企業の社外取締役の人数は増加傾向にあるが、その質を指摘する声は少なくない。社外取締役は取締役会の執行に対する監督や助言において中核的な役割を担うことが期待されており、コーポレートガバナンス改革の実質化を目指す上で社外取締役の質の向上は欠かせない」と指摘している。

経済産業省は、昨年6月30日に『社外取締役向け研修・トレーニングの活用の8つのポイント』と『社外取締役向けケーススタディ集』を作成している。

https://www.meti.go.jp/press/2023/06/20230630011/20230630011-1.pdf

コーポレートガバナンス、 コンプライアンス問題を、政府、証券取引所、経営者団体、日本弁護士連合会などが、何度も繰り返して論じてきたが、企業で不正や不祥事が続発している。

ガバナンス(統治)が効かないのは、社外取締役が企業のチェック、経営者の監視をしていないことが大きい。

東京証券取引所の上場企業に対して、独立社外取締役を2名以上置くことが求められ、政府はプライム市場に上場する企業に、2025年をメドに女性役員1名以上を選出し、2030年までに役員の女性比率を30%以上にすると定めた。

こうした要請に、企業は形を整えることに必至だ。社外取締役を増やすことにあくせくし、経営者の言いなりになる社外取締役を選任することが多い。

社外取締役を企業の広告塔のように利用したり、女子アナから女子アナへと、理由を明確にせず、社外取締役をコロコロ変更する企業も出ている。社外取締役には相応の報酬が支払われる。報酬に未練があるためか、経営者にとって厳しい意見を言わない。

日本総合研究所リサーチ・コンサルティング部門は、TOPIX500社の役員報酬の実態を2023年4月に公表しているが、社外役員の1人当たりの年間平均報酬の中央値は1080万円である。

経営者に嫌われなければ、社外取締役は労力をかけないで報酬を得られ、有名企業、上場企業の取締役という肩書が手に入り、信用力も高まる。経営者に不都合な意見を言ったり、問題点を調べて解決策を提案するといったモチベーション(意欲、やる気)が働かない。

平均報酬は年1170万円…上場企業で増殖する「女子アナ出身の社外取締役」という日本固有の謎トレンド


不祥事に対して、社外取締役がやるべきこと

日本弁護士連合会は2013年2月に『社外取締役ガイドライン』を作成しており、2023年12月に3度目の改訂を行っている。

https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/opinion/2023/231214.pdf

『ガイドライン』の45~46ページに「不祥事発生時の対応策」が記載されている。宝塚歌劇団の劇団員が自死したような問題が起きたとき、社外取締役はどのような行動を取るべきだったのか。

不祥事を客観的に分析し、不祥事の具体的内容、発生原因について、公平かつ中立的な検討を行い、意見を述べ、誰がどのような責任を負うべきか、公平かつ中立的な判断をする必要があった。

会社が行う不祥事対応について、継続的かつ適切な時期に報告を受け、その対応に不適切な点があると判断した場合は、更に情報の提供を求め、必要な是正を促すために積極的な意見を述べる必要があった。

不祥事の責任を負うべき者に対して、相当かつ適切な処分あるいは責任の追及を行っているかどうかチェックし、不祥事により会社が損害を与えた相手に対して、適切な措置を採っているか監視する必要があった。

昨今の社外取締役の質の低さ、機能不全への危機感があるのだろう。社外取締役のレベルを上げるため、金融庁、経済産業省、東京証券取引所は今年1月25日、社外取締役の基本をまとめた『社外取締役のことはじめ』を作成している。

https://www.meti.go.jp/press/2023/01/20240125001/20240125001-a.pdf

「社外取締役としての5つの心得を知る」では、やるべきことが記されており、「心得1」は「最も重要な役割は、経営の監督 中核は、経営陣の評価と指名・報酬」だとし、「必要な場合には、社長・CEOの交代を主導することも含まれる」と強調している。

昨年9月末、宝塚歌劇団の劇団員が自死したとき、阪急阪神HGの社外取締役は、日本弁護士連合会作成の『社外取締役ガイドライン』に沿った行動をしたのだろうか。

大江橋法律事務所が作成した調査報告書は、内部の詳細な事情を知らない外部の人間が見ても問題だらけなのに、昨年11月以降、遺族側と宝塚歌劇団、阪急阪神HGが合意した今年3月までの4ヶ月間、阪急阪神HGの取締役会で、社外取締役は、宝塚歌劇団、阪急阪神グループの対応の不手際を問題にしなかったようだ。

問題視していれば、遺族側弁護士がいじめ、パワハラを指摘し、頑なな宝塚歌劇団、阪急阪神側に態度を改めさせる前に、軌道修正ができていたはずだ。

なぜ宝塚歌劇団は「いじめ疑惑」に正面から向き合わないのか…阪急阪神HDに共通する「冷徹さ」という大問題 調査報告書もトップの減給処分も違和感だらけ

阪急阪神ホールディングスには、弁護士の鶴由貴氏、元検事で弁護士の小見山道有氏、慶應義塾大学特任教授の遠藤典子氏(現在、早稲田大学研究院教授)、京都大学大学院特任教授で、社会健康医学や健康経営の専門家である髙橋裕子氏、西日本電信電話社長だった小林充佳氏の5人の社外取締役がいる。

経済産業省が作成した『社外取締役向け研修・トレーニングの活用の8つのポイント』は、社外取締役としての基本的な知識や役割を教えるものだが、阪急阪神HGには2人の法律の専門家がいた。

にもかかわらず、遺族側弁護士が行った情報の収集、問題点の分析と同等レベルのチェック、解明ができていなかった。

遺族側弁護士が追及した事柄を、なぜ弁護士資格を持つ社外取締役や、社会健康医学や健康経営が専門の大学教授が自ら調査し、取締役会で指摘できなかったのか。

取締役会に上がってくる情報に重要な事実が抜け落ちていたり、疑問があるとき、社外取締役は社内外から情報を集める権限があり、不正や不始末を止めさせなければいけない。

阪急阪神HGの社外取締役は、いじめ、パワハラの事実を隠蔽している疑いがあるなら問題を明らかにし、経営陣を刷新すべき場合は社外取締役が主導する立場にあるのに、役割を果たしていない。

阪急阪神HG、宝塚歌劇団は、劇団員の死、過剰労働、組織運営のあり方、再発防止、企業風土変革などの問題で、情報公開するとしているが、社外取締役が取締役会で発言したのは以下の点だけだった。

「劇団員の心理的安全性を確保すべきだ」
「阪急阪神ホールディングスのモニタリング体制のさらなる整備をすべきだ」

宝塚音楽学校、歌劇団で繰り返される「いじめ」

宝塚歌劇団の隠蔽体質は、今回の自死問題に始まったことではなく、以前から指摘されていた。2008年4月に宝塚音楽学校に入学したSさんは、同級生や上級生のいじめに遭い、学校側の不当な取扱いで、同年11月に音楽学校を退学させられた。

退学は不当と考えたSさん側は裁判を起し、学校側が敗れた。裁判所は「宝塚音楽学校は教育機関としての姿をなしていない」と、学校側を厳しく指弾。だが、Sさんを学校に復帰させず、いじめた生徒は不問となり、その後、宝塚歌劇団に入り、舞台に立ち続けている。

宝塚歌劇団は「パワハラが当たり前の世界」…熱狂的ファンが通い詰めるタカラヅカの"本当の姿" いじめ裁判から変わらない「隠蔽体質」 | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

こうした事例もあるのだから、阪急阪神HGの社外取締役は宝塚音楽学校、その卒業生だけが入団する宝塚歌劇団の体質、問題点を十分知ることができたはず。それなのに、今年3月の遺族側との合意まで、何ら存在感を見せておらず、機能不全に陥ったままだった。

社外取締役が、批判の対象になることはめったにない。日本企業で次から次へと不祥事、不正、隠蔽が起きているが、社外取締役が何をしてきたのか、不祥事を起した企業の社外取締役の行動を検証すべきである。

上場企業で社外取締役が選任されたとき、社外取締役にふさわしいのか、社会が監視すべきである。影響力のあるマスコミは社外取締役の役割、行動、不作為(あえて積極的行為をしないこと)などの問題にメスを入れるべきだ。

そうしなければ、コーポレートガバナンスもコンプライアンスも、綺麗ごとの羅列で終わってしまう。社外取締役が形骸化し、機能していないことを、企業側はけっして口にしない。

企業の不正や不祥事をチェックする重要な役割を担う社外取締役は、本来、企業経営者にとって煙たい存在だ。だから「物言わぬ社外取締役」を選びたい。物を言う、骨のある社外取締役がいなければ、企業から不正や不祥事はなくならない。

経営者の意向に添った発言をする人物というだけで、世間受けする肩書を持っているだけで、社外取締役に選任していないだろうか。

他の会社で社外取締役をしているから、政府の委員会の委員をしているから、大学教授だからという理由で、安易に社外取締役を選んでいないか。阪急阪神HGは、そうした基準で社外取締役を選んでいるのではないか。

社外取締役にふさわしい人物かチェックが急務

阪急阪神ホールディングスの2023年の「統合報告書」(財務情報に加え、企業統治や社会的責任、企業理念などの非財務情報をまとめたレポート)に、角会長と社外取締役の鶴由貴氏、遠藤典子氏の鼎談が掲載されている(85~88ページ)。

『社外取締役からみたサステナブル経営の現状とこれから』https://www.hankyu-hanshin.co.jp/docs/integratedreport2023_j_print_rev.pdf

角会長は「様々なリスクを想定し、その中で人権侵害というリスクを未然に防いでいくには、これからも多くの取組を進める必要があると思います」(86ページ)と発言。阪急阪神HGが公開する文書には、美辞麗句が並べ立てられている。

過剰な労働、労働環境の悪化、いじめ、パワハラ、セクハラは、人権侵害の最たるものである。

社外取締役は人権侵害、労働環境の改善という視点を持ち、宝塚歌劇団員の自死、調査報告書の不備問題で、経営者にどうして斬り込まなかったのか。

阪急阪神HGの経営トップは、株主などステークホルダーに、見栄えよく映る社外取締役選びをしてきたのではないか。

特に注目されるのが、早稲田大学研究院教授の遠藤典子氏である。同氏は原子力、半導体、科学技術、防衛問題など、数多くの政府の委員を務め、NTTの取締役、阪急阪神HGを含む5社の社外取締役を兼務している。

だが、遠藤氏は、5ページにわたる週刊文春の特集記事で、矢面に立たされたことがある。

「安倍官邸が指名 カジノ管理委員 遠藤典子に『夫婦で背任』告発 カジノ業者を審査・監督する『美魔女』に疑惑」のタイトルで、週刊文春が巻頭特集で取り上げたのだ(2020年1月23日号)。

日本にカジノを導入しようとしていたIR(統合型リゾート施設)整備推進法が問題になっていた時期だった。遠藤氏がカジノ管理委員会の委員になり、業者の選定など、強力な権力を発揮する立場になったため、安倍官邸が指名した遠藤氏と夫の辻広雅文氏の疑惑を文春が追及した。

ダイヤモンド社が発行する経済誌、週刊ダイヤモンドの副編集長だった遠藤氏は、夫でダイヤモンド社取締役だった辻広雅文氏と連携し、社長の鹿谷史明氏(当時)と計らって、国際会議をアレンジするフォルマ社に出向することになった。

だが、それは幽霊出向で、業務をした実績がないまま、遠藤氏はダイヤモンド社から2年半、給与とボーナスを受け取っている。

幽霊出向の半年後、遠藤氏は情報の収集と発信、出版業、投資業、投資の仲介などを行う個人会社「E4ストラテジーズ」を秘かに設立。大企業から1000万円を超える報酬を受け取っていた。

辻広・遠藤氏夫婦は二人三脚で活動しており、ダイヤモンド社の社長候補と言われていた辻広氏は競業避止義務(勤務している企業と競合する行為を行わない)違反などの問題で、ダイヤモンド社を辞めざるを得なくなった。

現在、辻広氏は西武ホールディングスの社外取締役で、帝京大学短期大学現代ビジネス学科長を務めている。

社外取締役の質に問題があり、制度の限界も

遠藤氏は週刊ダイヤモンド記者時代から、夫である辻広氏に記事を添削してもらっていたのは同社内では有名な話であり、日本経済新聞社の記事の盗作で問題になったこともある。

“出向期間中”の遠藤氏は、岩波書店から出版した『原子力損害賠償制度の研究』の取材や執筆と、京都大学大学院の博士論文の作成に時間を費やし、『原子力損害賠償制度の研究』の取材、執筆、校正でも、辻広氏に依存していた。

論文の共同執筆者に、辻広氏の名前を記載すべきであった。共同執筆者を掲載しない場合、ゴーストオーサーシップと呼ばれ、不正行為となる。不正な論文は評価の対象外である。

週刊文春は特集記事作成に当たり、いくつかの質問を遠藤氏に投げかけ、「週刊ダイヤモンドの原稿を辻広氏に添削してもらっていたのではないか」という問に、遠藤氏は文書で答えている。

「さような事実はございません。かつてダイヤ社内で怪文書メールが撒かれたことがございましたが、事実無根の中傷にすぎません」

これは巧妙な言い逃れに過ぎない。怪文書メールと記しているが、メールの中身は発信者名を明記した社員が取締役全員に送った「意見・要望書」で、全役員が無視したため、200名弱の社員に送られたもの。発信者は明確で、怪文書ではない。

「怪文書メール」と回答することで、自らを被害者のように装っている。怪文書と騒ぐのは、火の粉を必死に振り払う者の常套手段だ。

京都大学教授で、政治学者の矢野暢氏が学生や大学職員に、暴力を用いて性的関係を強要した事件、セクハラ事件でも、「怪文書を軸に私を中傷する」「中傷について答える必要はない」となどと否認した。さらに、女性たちを擁護した京大教授や弁護士を裁判に訴えた。

矢野教授は自らが訴えた裁判で、すべて敗訴している。加害者が、誹謗中傷だと被害者を装い、ウソをついていたのだ。

週刊文春は特集の最後で、カジノ管理委員会の委員の要件を「免許を付与する巨大な権限がある。極めて高い規範意識が求められるのは当然だろう」と指摘した上で、「果たして、遠藤氏にその資格はあるのか」という言葉で締め括っている。

週刊文春の特集タイトルで「背任」とまで書かれた遠藤氏はその後、国会同意人事であるカジノ管理委員会の委員を辞めている。委員の資格がなかった、ということなのだろう。

企業が誰を社外取締役に選ぶかは、個々の企業の判断だが、不正行為に手を染めていない、遵法精神が高い人材を選ぶ必要があるのではないか。「背任」や「給与の詐取」など、あってはならない。

経営者の言いなりになる社外取締役を選ぶことは、多くの従業員、社会にとって不幸なことである。真っ当な意見、正鵠を射た指摘が組織内部から表明されず、社内の言論を封じている企業は、後で大きなしっぺ返しを受ける。

欠陥商品を隠蔽した企業や、粉飾決算を長年続けた企業は、たとえ有名な大企業であっても、倒産に追い込まれたり、買収されている。そうした企業名を、読者は容易に思い出せるだろう。

経営トップの再任に、43%株主の賛成がしなかった経営者を、社外取締役が問題視しなかったケースに、コーポレートガバナンス問題に関心の高い人々は驚き、失望している。

社外取締役の質の問題、制度の限界と破綻の兆しを思い知らされたからだ。

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