宝塚歌劇団の調査報告書と、阪急阪神HDのトップらの減給処分に疑問
内情をよく知っている大手総合出版社のX社で起きていた光景と、同じような事件が繰り広げられ、社会を騒がせている。再現フィルムを観ている錯覚に陥りそうだ。
X社では、問題を起こした取締役には何の処分も下されていないのに、社長が30%、3カ月間の減俸という処分が出された。社長の減俸の理由は監督不行き届きであるが、問題の取締役には何の咎めもない。説明の付かない不思議な人事であった。
X社の某取締役は直後に会社を辞め、現在は上場企業の取締役に就任し、大学の教授になっている。大学ではコンプライアンス(法令遵守)やコーポレートガバナンス(企業統治)を教えている。某取締役はもちろん、役員退職金をキッチリ受け取っている。
同様のケースが昨今、巷を賑わせている。問題が起きている現場での責任の所在が解明されていないのに、上層部だけが減給処分となった宝塚歌劇団と阪急阪神ホールディングスだ。減給や処分の対象者がこれでいいのか、処分の時期が適切なのか、疑問が残る。
今年9月30日、宝塚歌劇団の宙組所属の劇団員(25歳、以下、故人と表記)が自宅マンションの屋外で死亡する“事件”が発生した。自死と見られているが、宝塚歌劇団は、劇団員の死亡に関して、ある法律事務所に依頼し、9人の弁護士が調査やヒアリングに関わり、調査報告書が11月14日に公表された。
木場健之理事長は「いじめやハラスメントは確認できなかった」「歌劇団としては、特に宙組に問題があったというふうには考えておりません」と見解を述べているが、理事長を退任すると発表。
宝塚歌劇団の理事で、グループの持株会社である阪急阪神ホールディングス代表取締役会長兼グループCEOの角和夫氏の月額報酬の25%、3カ月間のカット、阪急阪神HD代表取締役社長で阪急電鉄社長も兼務する嶋田泰夫氏の20%、3カ月カットなどの処分を明らかにした。
木場理事長の後任となるのが、これまで宝塚歌劇団専務理事だった村上浩爾氏。先輩劇団員によって、故人の額に火傷を負わされた「ヘアアイロン問題」に関して、村上氏は宙組プロデューサーの報告と遺族側の主張に相違があるが、「そのようにおっしゃっているのであれば、その証拠となるものをお見せいただきたい」と発言している。
宝塚歌劇団の渡辺裕企画室長は、今回の報告書が出る前に「歌劇団としましては、いじめという事案があるとは考えていません。加害者も被害者もおりません」と会見で言い放ち、一部の報道に対して「非常に歪曲した表現で書かれてます」と苦言を呈した。
宝塚歌劇団と阪急阪神HD側は、故人が亡くなるまで労働時間が長かったことは認めているが(歌劇団側は、雇用関係ではなく、舞台女優とエンターテインメント提供会社との対等の関係と考えており、活動時間という表現を使っている)、故人の死亡と、いじめは関係ないという立場だ。
歌劇団の要職に就いているのは阪急阪神HDや阪急電鉄などの出身者で、演劇の専門家ではない。現場の管理はプロデューサーや演出家、5つの組(花、月、雪、星、宙)のトップスターや上級生に任せ、演劇活動の実態を知らないと答えており、効率的な劇団運営への業務改善をしてこなかった。
現場のプロデューサー、演出家、トップスターや上級生が行なっている運営には、何ら問題がないという。それでは、阪急阪神ホールディングスの会長や社長の減給はどういう意味を持つのか。長い活動時間や劇団員の死に襟を正そうということなのだろう。今回の報告書は本文22ページ、別紙14ページに上るが、不完全なものであり、処分は時期尚早ではないか。
第三者委員会の調査と分析が必要だ
宙組所属の劇団員の死亡に関する調査報告書の作成を、劇団側から依頼されたのは弁護士法人 大江橋法律事務所だ。報告書の概要版が公開されている(URLは以下の通り)。
https://kageki.hankyu.co.jp/news/document2.pdf
この報告書は、第三者委員会のような公平性、独立性が担保されている委員会が作成したものではない。9人の弁護士で「宝塚歌劇団 調査チーム」を作ったというが、4人の名前は記されていない。
本件調査の前提を「劇団が保有していない情報・資料等の収集には限界がある」としており、劇団側が資料を出さなかったり、隠蔽していても、事実(真相)に辿り着く手段がない有様だ。
「新たな証拠資料等によっては、事実を訂正する可能性がある」と、言い訳とも取れる一文が入っている。調査チーム自ら情報収集に精を出し、それでも新事実が発見されるなら、まだ分かるが、真相を突き止めようという意欲、熱意は感じられない。
ジャーナリストや記者が、企業側や官僚から与えられた資料だけで、記事を書いたら、どうなるだろうか。ニュースリリースを見るだけで、事が足りるのではないか。
報告書には「劇団外の出来事については情報収集がほぼできておらず、また、上記(劇団の情報と資料に頼っているという事実)により与えられた情報だけでは、事実確認ができなかった事項も存在する」と、白旗を掲げたような表現もある。
内容を見ても、ツッコミどころ満載のレポートである。報告書2ページの8行目「ヘアアイロンで火傷をすることは劇団内では日常的にあることであり、記録は残していないとのことであった」と記載している。
小指の先ほどの傷が残り、写真でも確認できるヘアアイロンによる火傷が、宝塚歌劇団では月にどれほどの発生件数があるのか、何人がそのような事態になっているのかの説明や検証がない。
ヘアアイロンを自分で利用して火傷をしたのか、他人によって火傷させられた火傷案件なのかも、いっさい分析されていない。
歌劇団の診療所は、日常茶飯事なので記録を取っていないそうだが、歌劇団の幹部、現場責任者、劇団員は「ヒヤリ・ハット」というビジネス界で使われている言葉を知らないのか。
ヒヤリ・ハットとは、重大な災害や事故には至らないものの、「ヒヤリとしたり、ハッとしたりするもの」を指し、ヒヤリ・ハットが起きないようにカイゼン(改善)して、重大な災害・事故を招かないようにする手法のこと。労働災害での経験則で、「ハインリッヒの法則」とも呼ばれている。
1件の大きな事故や災害の背後には、29件の軽微な事故や災害があり、さらに300件のヒヤリ・ハットがあるという。日常的に火傷が起きるのなら、ヒヤリ・ハットの問題点を潰さなければいけない。カイゼンをしてこなかった歌劇団側は、管理責任を免れない。
「日常的に起きているので、記録を取っていない」という医師や看護師も問題だ。カルテを作成するのは医者の務めのはずだが、診療所は機能不全に陥っているのか。歌劇団診療所で受診する女優や劇団員が国民健康保険、あるいは健康保険組合などの保険を使っているなら、医療費抑制に全く貢献していないことになる。
報告書の2ページの最後から2行目に「新人公演の本番直前に故人へのアドバイスをしていることを考慮すると、A(ヘアアイロンによる火傷を負わせた看板女優)が故人をいじめていたとは認定できない」とあるが、アドバイスをしても、いじめることはできるので、この論法は成り立っていない。
4ページの下から14行目「故人はAが故意にヘアアイロンを当てたと宙組プロデューサーに伝え、ご遺族自身も宙組プロデューサーからAは故意だったと思うかと聞かれて、本人(A)に聞いてくださいと答えたと述べており、宙組プロデューサーの報告メモとご遺供述供述との間に食い違いが見られる」と記載されているのに、劇団側が「いじめはなかった」と断言できるのは、何を根拠に判断したのか。
「故意かどうか」「押し付けたのか、誤って触れて火傷をさせた」にこだわって報告書は作成されているが、日常的に火傷が起きているなら、宙組に限らず、火傷した劇団員全員に原因を聞くといいのではないか。調査チームの弁護士はこうした努力をしていない。
調査をすれば、誰がどのような形で火傷を負ったか、明らかになるはずだ。日常的に起きている事象なのか、誰に火傷が集中しているのか、誰がやっているのか、見えてくる。
7ページ上から2行目歌歌劇団診療所の診療録に「故人が、週刊誌(週刊文春の今年2月の記事)報道のあと、記事の事よりも対象の相手と一緒にいることで、いろいろな問題があり、とてもしんどかった」と記載されており、ここからいろんな問題、真相が読み取れるのではないか。
旧弊を重んじる宝塚歌劇団にメスを入れよ!
宝塚歌劇団では「外部漏らし」は絶対にしてはいけないという不文律があるようだ。外部に情報を漏さないよう統制を図り、情報が漏れたら犯人捜しをする隠蔽体質は、内部の腐敗を産みやすい。
内部告発ができない組織形態であれば、権力者は、怖いものなし。咎めるものがいないので、大手を振って闊歩できる。
「権力は腐敗する」。だから、取るに足らない虫であっても、何らかの抵抗をしなければならない。これは、筆者が書いた小説『黒い糸とマンティスの斧』の主要なテーマである。
週刊誌に情報をリークしたと一番疑われるのは、ヘアアイロンによって火傷を負った劇団員である。「外部漏らし」をしたと疑われた人が、過去にどのような目に遭ったのか、調査チームが調べれば、故人と、Aや上級生との間で、どのような「やり取り」が起きるのか、推測できるのではないか。
筆者が調査チームのメンバーなら、OBや他の組の劇団員にも幅広くヒアリングして、真相に近づきたいと思うが、弁護士たちはそうではないらしい。
調査チームは、宙組のメンバー66名中、4人のヒアリングをしていない。調査チームと劇団側は、調査を拒否した理由も、拒否した人物が上級生なのか、下級生なのかも公表していない。
報告書の作成を、真っ当な第三者委員会に任せて、その上で宝塚歌劇団も阪急阪神HDも、劇団の改革を目指すべきではないか。
今から15年前の2008年、宝塚音楽学校に入学したZさんは、いじめを受け、仲間外れにされ、ついには退学となった。翌2009年、Z側は退学処分は無効だと裁判に訴えた。世に言う「タカラヅカいじめ裁判」である。
裁判所は、退学取り消し処分を下すが、学校側は無視し続けた。結局、2010年7月、和解調停という形で決着する。「退学処分の撤回」をするが、「Zは、宝塚歌劇団への入団に必要な手続きの履行を求めない」という条件が付けられた。
セクハラ事件を丹念に追い掛けている小説『黒い糸とマンティスの斧』でも、裁判の結末は和解であった。和解案には「事件、和解の詳細を他言してはならない」という条項が入り、手足を縛られてしまう。
来年、宝塚歌劇団は110周年を迎える。今年7月に周年イベントの概要を発表しているが、ファンや多くの人から110周年を祝福されるためには、抜本的な改革が不可欠だ。
変革の旗振りや推進は、阪急阪神ホールディングスが行なわないと、宝塚歌劇団のように伝統や旧弊を重んじる、古い体質の組織は変えられない。
阪急阪神ホールディングス自身のコーポレートガバナンスを高めるためには、阪急阪神HDの取締役、社外取締役が積極的に発言すべきだ。
阪急阪神HDの取締役には、冒頭の出版社X社の某取締役の夫人も名を連ねている。コンプライアンスやコーポレートガバナンスを教えている夫のノウハウを活かせば、いい結果を生み出せるのではないか。
阪神タイガース日本一に続く阪急阪神ホールディングスの目標は、タイガースの連覇と、宝塚歌劇団の110周年を成功に導くことだろう。
宝塚歌劇団がガタガタになれば、阪急電鉄の乗降客が減り、阪急沿線の地価の低下を招きかねない。