「企業の見方」を学生に講義 ガバナンスに熱心な企業を探そう
会社選びは「統合報告書」を参考に!
今年4月、大学で講義をさせていただく機会があった。記者としての経験を踏まえ「取材の現場から、事実を見ること、事実を選ぶことの重要性」をテーマに、体験を話してほしいというものだった。
レジュメを作成し、担当の大学教授と何度も打合せを重ねる中で、長年、企業取材をしているので、企業の見方、企業の評価の仕方に触れてほしいと要望があった。
経済誌の記者として取材してきたため、多くの企業、経営者を見ており、マネー誌の編集にも携わったので、投資対象として企業を見る目も少しは持っている。
一般の方が企業と対峙するのは、就職や転職をするとき、個別株に投資するとき、取引先企業やライバル会社を見るとき、ユーザーの視線から企業を感じるときぐらいだろう。
参加する学生の学年はバラバラだが、企業への就職を考えている学生も多く、「企業の見方」には関心が高いと思われた。
企業取材での経験を話し、工場などの現場を見せてもらって整理、整頓、清掃がどうなっているのか、職場の雰囲気はどうか、などをチェックしてきたと話した。
これまでスゴいと感じた経営者について語り、就職活動をするとき、企業選びをするとき、是非参考にしてほしいと伝えたのが「統合報告書」である。
統合報告書というのは「財務情報」に加え、経営理念、企業のミッション、企業の社会的責任(CSR)、SDGs(Sustainable Development Goals。持続可能な開発目標の略称で、持続可能な世界を実現するために進むべき17の目標)、コーポレートガバナンス(企業統治)、コンプライアンス(法令遵守)、人権問題、知的財産などの「非財務情報」を紹介しているレポートだ。
学生に「統合報告書という小冊子があることを知っているか」と問うと、授業で聞いたという学生がいたものの、多くの学生は、知らないという反応だった。
ある上場企業の統合報告書をOHP(オーバーヘッドプロジェクタ。文字、画像をスクリーンに投影し表示するシステム)で映し出して説明した。
統合報告書には、企業の歴史がカラフルな写真とともに説明され、どのような技術やサービスを持っているか、将来、開花しそうな技術、ビジネスのタネなどが紹介されている。
統合報告書はホームページにアップされており、企業によっては、無料で冊子を送ってくれるところもある。
企業の本当の姿を知るためには
産業、企業は浮き沈みが激しく、現在、人気企業であっても、将来も隆々としているかは分からない。成長する要素、得意分野を持っているかなどの情報が統合報告書に書かれており、チェックしておくことが大事だ。
技術レポートを出している企業もあるし、社史をホームページに載せているケースもある。企業の歴史を振り返り、過去にどのような危機があり、それをどう乗り越えたかも、企業を見る上で重要だし、会社選びに役立つ。
統合報告書には「健康経営」「ダイバーシティ(多様性)を重んじる経営」「サスティナブル(持続可能、ずっと続けていける)経営」「人権の尊重」などにどう取り組んでいるかも記されており、社員1人ひとりの人生や価値観を大切にしている、などとアピールする企業も多い。
難しいのは、自らをよく見せようと、取り繕っていることだ。形だけ、上辺だけ飾ろうとする企業には注意しなければいけない。
企業は、社会から、投資家から、東京証券取引所から、政府から、さまざまな要請を受けている。そうした要請をどれだけ達成しているか、統合報告書で報告して、企業の素晴らしさ、経営の健全性をPRし、自分たちの目指す方向、将来像を指し示している。
だが、統合報告書や企業の主張と、実態が大きく異なる企業が数多く存在するのも事実だ。学生から「統合報告書がお化粧されているなら、企業の本当の姿をどのようして見つければいいのですか」と質問があった。
「本当の姿を見抜くのは難しい」と答えざるを得なかった。ただ、企業側の主張を疑ってかかる姿勢が重要で、遠慮せず納得できるまで質問することだ。
その企業の従業員に聞いてみるとか、取引先企業やライブル企業にヒアリングするなど、情報集めは欠かせない。インターネットで調べてみるのも1つの方法だ。記者、ジャーナリストは「裏を取る」ことで、真実に近づこうとしている。
学生たちに伝えたかったが、時間の制約もあって、十分に話せなかった内容もある。それは「公正(フェア)な会社が少なく、不祥事を起す会社、不正や問題を隠蔽する会社が多いのはどうしてか」ということだ。
日本企業のチェック機能が、大きく低下していることが原因だと考えられる。いくつか理由を挙げてみよう。
安定株主の存在、株式の持ち合いなどで、株主からの突き上げが少ない。
訴訟大国、アメリカのように、企業に対して訴訟を起こすケースが少ない。
従業員の流動性、転職が少なく、会社に従順な社員が多い。
会社や職場にしがみつき、会社、上司、経営者にモノが言えない。
労働組合がない、あっても弱体化している。
無借金経営の企業、借入金が少ない会社には、銀行からのチェックが働かない。
経営者を監視する社外取締役
「不都合な事実を隠したい」というのが企業の本音であり、不正、不祥事を起した会社は問題の隠蔽を巧みに行っている。
不都合な事実に嘘を紛れ込ませることで、すべてを否定できる。
秘かに怪文書を流し、フェイク情報を拡散する。
嘘の中に、事実を一部紛れ込ませることで、真相がつかみにくいように仕組む。
「誹謗中傷に過ぎない」「陰謀論がまかり通っている」などと主張する。
問題をすり替えたり、言い逃れをする。
これに対し、「企業の悪い情報を速やかに公開せよ」というのが、証券取引所であり、投資家であり、海外からの要請である。
コーポレートガバナンス(企業統治)を高めるため、証券取引所、金融庁などは、以下のような情報開示を求めている。
1.第三者の視点からの監視体制を構築するため、社外取締役、監査役を設置する。
2.課題やリスクへの対策を改善するため、内部統制の構築・整備を進める。
3.経営の意思決定を行う取締役と、業務執行の責任・権限を持つ執行役員を分離するため、執行役員制度の導入する。
4.企業としての考えや方向性を従業員に周知するため、社内規程を明確化する。
ガバナンス体制を整備した後、日々の経営を遂行していく中で、チェック機能を果たすのが社外取締役と監査役である。
日本弁護士連合会は2013年に「社外取締役ガイドライン」を作成し、社外取締役の役割、社外取締役が行う情報収集、内部統制部門や監査役や会計監査人等との連携、不祥事発生時の対応策、社外取締役に期待される役割などが記されている。
社外取締役ガイドライン2023年改訂版https://www.nichibenren.or.jp/library/pdf/document/opinion/2023/231214.pdf
社外取締役が機能していれば、企業の不正や不祥事を未然に防ぐことができるのだが、現実はそうなっていない。それでは、会社、経営者の不正、不祥事をなくすにはどうしたらいいのか。
内部通報制度を導入し、外部に窓口を
企業の最高権力者である経営者の不正、不祥事を発見、摘発することは難しい。そのため、コーポレートガバナンスを強化する取組みを続けてきた。
現在、就任している社外取締役が、「物言う社外取締役」かどうか、チェックする必要がある。社外取締役の職を辞してでも、経営者に直言できる人物かどうかが重要だ。
その前提として、以下のような体制の整備が求められる。
1.不正、不祥事を許さないという企業理念、行動指針を明確にし、経営者、従業員が自ら律する企業風土を作る。
2.不正、不祥事は起こりうるとの認識を常に持ち、自社で起こりそうな不正、不祥事を洗い出し、防止策、チェック体制を整える。
3.企業内の不正を早期に発見・是正する「内部通報制度」を導入し、内部通報制度への理解を社内で徹底させる。
4.内部通報窓口を、企業の外部(企業から独立した外部の弁護士などに委託)に設置し、通報者・相談者を保護する仕組みを作る。
5.通報者に対し、不利益な取扱いを禁止する規定を策定し、通報者の秘密保持など、厳格な情報管理体制を整える。
6.不正、不祥事を見つけた場合、どのような手順で問題解決するか、誰にどのタイミングで報告するか、予め決めておく。
7.不正、不祥事を放置し、隠蔽をした場合、どのようなペナルティを受けるか、予め決めておく。
「企業を見る目」を養い、就職先を決める場合、「多くの人が必要としている会社」「なくてはならない会社」という視点で、会社を探すのも判断基準の1つ。さらに、上記のようなガバナンス強化に熱心な企業であれば、就職を考えてもいいのではないか。
最後に、学生たちに改めて伝えておきたい。
公正な意見が疎んじられる会社、自由にモノが言えない会社、風通しの悪い会社、魅力がない会社だと感じたら、さっさと会社を辞めればいい。