自費出版で小説を出すときの費用と注意点④ 自費出版からヒットが生まれるケースも
「どの文学賞を受賞すると作家になれるの?」のテーマで、公募型の文学賞について紹介したが、受賞するのは極めて難しく、私自身、文学賞への応募は考えていない、と記していた。
ところが、ある雑誌を見ていて、文学賞の募集広告が目に飛び込んできた。この文学賞の存在はもちろん知っていたし、これまでも告知広告を雑誌で見てきたが、この時は電気が走ったような衝撃を受けた。何かの啓示と感じ、背中を押されたのだと考えて、応募しようと決意した。
文学賞へのチャレンジを決めた段階で、自費出版の記事を書くことをペンディングにし、結論が出て、方向性が決まってから、記事を再開しようと思った。応募締切まで、あまり時間がなかったが、募集要項の条件に合わせるため、小説を2割ほど削って、メールで作品を送り、結果を静かに待つことにした。賞を取る確率は1000分の1以下であるが、一縷の望みを託した。
果たせるかな、落選であった。選者、あるいは下読みのスタッフに響く水準に達していなかったということだ。ショックではあったが、前に進むしかない。この連載で小説講座を紹介したが、以前、作品を提出して添削・講評してもらう小説創作講座を受講したことがある。再度、その講師に、直近の原稿をチェックしてもらおうと考えた。
前回の受講で、「展開がゆっくりし過ぎて、読者が、あるいは文学賞の下読みのスタッフが投げ出してしまう」「早く事件を起こせ」とアドバイスを受け、「1ページ目に死体をおけ」というメッセージを頂戴していた。そうした注意点を踏まえて、書き直したつもりだったが、改めて提出した小説の講評も、胸に突き刺さるものだった。
「するすると読めるのだが、物語性が足りない」「登場人物の一人ひとりの個性をくっきり描いて、読者が、主人公やその仲間たちを好きになっていくような書き方をするといい」とアドバイスされた。
ズシリと響く内容であったが、「こつこつと蒔いてきた種が、やっと芽吹いて、実りそうな気配です。ようやく面白くなってきた」「一つ一つのアドバイスは、必ずあなたの小説力の栄養源になる」という言葉に支えられて、改めて物語を書き直した。
自費出版の作品が、商業出版になることも
作家でもある講師からの「誉め言葉に有頂天にならず、辛口の批評にめげずに、書き続けてください」と言われたことを肝に銘じ、その後、何度も読み直し、加筆修正してきた。小説のブラッシュアップを図りながら、どのようにして出版するかの模索を続けている。
前回の原稿の最後に、日本自費出版ネットワークに参画していない自費出版社を紹介すると書いた。間延びしてしまったが、自費出版を中心に出版活動をす大手2社に触れておこう。
文芸社
1996年に設立された文芸社は、これまで2万6000人を超える著者の本作りに関わり、自費出版した本がヒット作品になるなど、人気作家を育ててきた。文芸社からは『リアル鬼ごっこ』(山田悠介著)、『余命10年』『生きてさえいれば』(いずれも小坂流加著)、『B型自分の説明書』(Jamais Jamais じゃめじゃめ著)、『秀長さん』(鞍馬良著)、『それからの三国志』(内田重久著)などのヒット作が出ている。
ホラー小説の『リアル鬼ごっこ』は山田悠介が19歳のとき、祖母に借りたおカネとアルバイト代を頭金にし、残りは出版ローンを組み、自費出版で世に送り出した。半年後に1万部を突破。その後も売り上げを伸ばし、後に幻冬舎から文庫版が出るなど、累計200万部を超えるヒットになった。映画化、テレビドラマ化、コミック化もされている。
文芸社は、全国各地で有力書店や新聞社と共催して出版相談会(個別面談形式のため完全予約制)を開催し、自費出版についての疑問や質問に答えてきた。相談会への参加が難しい著者のため、電話やオンラインでの「出版相談」も受け付けている。
ホームページの「自分の本をつくる」で、「出版の流れ」を解説。問い合わせ→原稿の応募→出版プランの提案→出版契約→編集・制作→デザイン→修正・校正→印刷・製本→刊行・流通→広告・宣伝へと進んでいき、書籍が完成した後は、総合コンシェルジュが相談の総合窓口になる。
すでに原稿があれば、内容や書籍化のイメージをヒアリングし、原稿ができていない人には、本にしたいアイデアや構想を聞いて出版プランを作成・提案し、執筆を支援する。ホームページに「それぞれの出版体験」を綴った記事が掲載されており、30人を超える著者の思いや著書を紹介している。
自費出版の出版社の倒産や経営破綻をレポートしたとき、すでに紹介しているが、文芸社は「著作者保護制度」を出版業界で初めて導入し、入金された出版委託金や支払額が確定した印税を信託財産としてプールし、著作者の金銭的な権利を保護している。
自費出版の幻冬舎ルネッサンス
角川書店の編集者で、取締役編集部長であった見城徹が1993年に創業したのが幻冬舎で、2004年からグループ会社で、自費出版事業を行なっている。
企業のブランディング化などのための企業出版や、個人の自費出版を手掛けていた幻冬舎メディアコンサルティングが事業の再編をして、2017年、個人向けの自費出版部門が幻冬舎ルネッサンス新社として別会社になった。5年後の2022年10月、再度、幻冬舎メディアコンサルティングに吸収され、幻冬舎ルネッサンスは、個人用の自費出版ブランドになっている。
自費出版でありながら、商業出版を行う幻冬舎と同じ流通網を活用し、全国3500店の特約書店から、テーマや印刷部数によって書店を絞り、配本する。自費出版で新書判を出す「幻冬舎ルネッサンス新書」というレーベルを持っている。
基準となる印刷部数は、単行本の場合は1150部。1000部が流通用、100部が著者用、50部が注文などその他となっている。新書の基準部数は2150部で、このうち流通用が2000部。書店で流通する本の数が限られているため、都心店とか、学生が多い店とか、地域や書店の特性に合わせて細かく配本する。
幻冬舎ルネッサンスから自費出版された『氷の華』(天野節子著)は、刊行して数ヵ月間で、数社の制作会社からテレビドラマ化を持ちかけられるなど、大きな反響を呼んだ。翌年、幻冬舎から単行本として出版され、米倉涼子主演でテレビドラマ化された。著者が定年退職後に書いた『氷の華』は、累計30万部を突破するヒットとなった。
競馬を舞台にしたミステリー小説『ゴドルフィンの末裔』(永橋流介著)は、江戸川乱歩賞に応募し、最終選考で落選した作品だ。その後、仕事が忙しくなり、そのまま日の目を見ることはなかった。4年ほど経ったとき、天野節子著の『氷の華』を読んで感動し、これが自費出版で発行されたものと気付き、加筆修正した原稿を幻冬舎ルネッサンスに送り、自費出版で本を出そうと思い立つ。自費出版すると反響が大きく、幻冬舎で、商業出版として文庫化されている。
幻冬舎のグループ会社、幻冬舎ゴールドオンラインは、市井の人々が主役のWEBメディアと銘打った「幻冬舎ゴールドライフオンライン」を運営している。このサイトでは、論説、小説、仕事、お金、文化、食、エッセイ、健康など、毎日10本以上の記事を掲載。「著者一覧」「書籍一覧」のコーナーがあり、幻冬舎ルネッサンスで発刊した本が紹介されている。
自費出版した本を販売面でサポートすることも重要だ。無償でPRできるサービスとして、プレスリリースの配信やSNSでの書籍紹介があるが、幻冬舎ゴールドライフオンラインも、本を告知する手段となっている。(敬称略)