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今を生きない -眠リちゃん- <後編>

平成にある身体、異界にある心

イベント後、改めて眠リちゃんのPR動画を見た。コーヒーの粉が入った試験管を傾けて中身をフィルターに入れ、お湯を注ぐ眠リちゃん。テクノっぽいBGMや無機質な実験器具は未来を感じさせるのに対し、魔女っぽい黒い半透明のケープや目の下の黒三角シール(もののけ姫風?)には呪術的なテイストがあって、彼女の周囲には過去とも未来ともつかない謎の時空が広がっているように見えた。
あのコーヒーはどんな味がするのだろうか。飲んだら何かが起こりそうである。

「6万年後くらいに発掘されて、平成のビーナスとか言われたくて」
「私が私が創ったものとか写真とか、後の時代の人たちに見つかって、あっ平成いい時代だったなって思ってもらえるようなものを創りたいって思ってます」
「将来は…発掘されたいです」

私たちが誰も生きていない未来を見据えた発言。5年後10年後ではなく、数万年単位で時間を捉えていることに驚く。
まだ見たことのない女の子がいるなぁ、と思った。たとえ彼女が精神を病んでいたとしても、決して「凡庸なメンヘラ」とは思わない。

彼女のPR動画や「眠リと眠る会」での話を思い返してみて、彼女が興味を持つのは、過去や未来や空想の中などの異界に関するものが多いなぁ、と感じた。非科学的なことが起こらない限り、決して辿り着けない場所。

石器や土器が現役の生活用品だった頃。くさび形文字が使われていた紀元前のメソポタミア。私たちが死んで土に還り、史料として発掘される未来。宇宙人と女の子が出会う世界。人類が原形を留めないレベルで進化した遠い未来。
高校時代に好きだったという丸尾末広や古屋兎丸の漫画も、第二次世界大戦の爪痕が残る昭和の日本や、謎のルールに支配された超エリート男子校といったような、非現実の世界が舞台になっているものが結構ある(古屋兎丸に関しては現代の話もありますが…「π」とか…)。好きな作家も、著作が「幻想文学」にカテゴライズされる人が多いと感じた。今時のエッセイストやジャーナリストなどの名前はない。

2000~2010年代の日本で暮らしていても、異界の匂いのするものに惹かれ、それらを積極的に摂取してきたのが、彼女の10代だったのかな、と想像する。彼女は現代に興味がないのかな、とも。身体は今の平成の日本にありつつ、心は今を生きていないような。
こういう態度は、地に足がついていない、と言われる類のものかもしれない。しかし、彼女が地道に収集してきた膨大な異界の欠片のストックがなければ、あのPR動画の美しい時空間は創られなかったと思う。

モラトリアムが終わる前に

彼女のツイートの中で、印象に残っているものがある。

「今の自分にしかできないことが多すぎるしすぐ20歳は終わってしまうし、私は2年以内に完成形にならなきゃいけないし、」

彼女にも、数万年後ではなく2年後の未来を考える時があるらしい。
好きな勉強をし、自分で選んだサークルで活動する日々はいつまでも続かないという現実を指しているのかな、と感じた。

大学3年になれば、ほとんどの学生は就活を始めるだろう。
経済学や経営学を学んでいるわけではない学生たちも日経新聞を読み始め、今の時代では誰も使っていない言語よりSPIや簿記やTOEICの勉強をする奴の方が偉いみたいな空気が漂ってくると思う。
恐らく、「5年後、10年後に自分がどんな風に働いていたいかを考えて志望業界を絞り込め」とか言われている中で、数万年後の人類の話を切り出すことは、今以上に困難になるのではないだろうか。一緒に映画を撮っていた友達があっさりスーツに着替えてバリバリ活動を始め、置いて行かれた気持ちになったりする可能性もあるし、体力がないとか時間を守れないといったようなこと(不眠の合併症?)で今以上に悩むかもしれない。

しかし、これは私の勝手な希望だが、こういう状況に置かれたとしても、これまで美しいと信じたものを追い求めてきた自分を、恥ずかしいと思わないでほしい。可能なら、自分がこつこつ蒐集してきた異界の欠片が価値を持つような場所を見つけて、美意識を炸裂させてほしい。眠リちゃんは、過去でも未来でもない不思議な空間を創って、誰かを日常から束の間解き放つ存在になれると思う。「眠リと眠る会」の時のように。
もし親の意向やお金などのどうしようもない事情で一般企業に就職することになったとしても、自分のセンスや異界への憧れを否定するのはやめてほしいし、それらをしっかり隠し持っていてほしい。いつか炸裂させてやるからな、という気持ちで。

私自身は、本や音楽などのサブカルが好きだったが、のめり込んだら抜けられなくなる気がして、経営学を専攻し簿記を取ったりした(サークルや課外活動はあまり頑張っていない)。しかしバリキャリになるような気力も適性もなかったため、結局ミスiDというサブカル臭のある世界に戻ってくることになった。
「この時代のルールの中で勝つために好きなものを絶とう」とか思っても、結局逃れられなかったなーというのが正直な気持ちである(がっかり:4割 安堵:6割ぐらい)。ただ、一周回って、ずっと好きでいられるものがあるのは幸せだ、と思えるようになった。「何でもっと役に立つものを好きになれないんだろう」という気持ちはもうない。

眠リちゃんの最終面接では、どんな時空間が広がるのだろうか…講評を読むのが今から楽しみだ。

◆おまけ◆
この話で思い出した、演出家/映画監督・松居大吾のインタビュー。就活に失敗して演劇を続けた話が出ている。慶応ボーイだけど諭吉に縁がなさそう。

https://tenshoku.mynavi.jp/knowhow/heroes_file/073

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