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自己紹介
初めまして。大学生です。
音楽と美術館が好きで、好きなまま大学を選んで、それを職業にしようと頑張っている人に囲まれて生きています。
定期的に、自分がとても遅れている気がして落ち込みます。もたついていて何も成長なんかできてないんじゃないか。自分はあくまで趣味の延長上までしか行けないのではないか。創作していないのはいかがなものか。これに本当に将来を差し出すほど、自分に合っているのか。
好きという気持ちに、どんどん自信がなくなっていて、それをなんとかするために、今noteを書いています。
習字を10年習っており、文字を書くことが好きでした。毛筆は苦手なのですが、ペン習字は大好きで、ひらがなをよく練習していました。
文字を書くのも好きだし、文章を書くことも好きです。何かで褒められた記憶で1番心に残っているのが、文章を書くことに関するものだからかもしれません。自分が文字、文章を書くこと、ひいては生み出されたものを、他の誰も認めてくれなくても、自分だけは自分を認められるのかもしれない、と思います。
大学でスペイン語を学んでから、ちょっとずつスペイン語に興味を持っていて、学習が楽しいです。言葉って面白い。
知識欲はあるけど集中力がないので、思っているだけ、口先だけの興味がそこら中に広がっています。研究室の先生にも「興味のあることをなんでも口にできるのがあなたのいいところだと思う。ゆっくりすすみなさい」と言われました。とても温かなひと言と、ちゃんと見てもらえていることが嬉しくて、この言葉もあの時間も忘れたくないなと思います。
ゆっくりでいいにしたってもっと動けよと思いますが、動かなくていい言い訳をついつい探してしまうような人間です。この世界も自分自身もままならなくて、ほんとに。知識を欲しているのに、それを求めて動けない自分に本当に泣きたくなります。自分の生きている価値について検討したくなるほどに。
最近ラッパーの方の音楽をよく聞いています。他には邦楽とk-pop、それからアニメの曲なんかを聞いていることが多めです。多分。わからない。最悪なことを言うと、いろいろ聞いています。
なぜ最悪かというと、noteで言語化をサボったからです。でも何聞いているかを簡潔に言うことができず、またちょっと気恥ずかしいのでいろいろで濁しています。
同期が世の中には本当に一生聴き続けられるしあわせ音楽が存在すると言っていました。今の所それに該当する曲は10曲くらいあります。うち2曲は岡崎律子さんの「For フルーツバスケット」と「小さな祈り」です。
フルーツバスケットは私の道徳の指針の1つです。
他にも桜蘭高校ホスト部とカードキャプターさくらなど、小学生の頃から大切にしている作品があります。
広く浅くって感じで生きている気がします。
広くという言葉は実のところかなり危険で、世の中が大海であることを知っているけれど、私はどこまで行っても井戸の中を生きています。従って実際のところ広くはないのだとおもいます。
しかし興味を持ったアニメや食べ物や音楽のジャンルは、とりあえずなんでも聞いてみます。合わなかったらすぐやめます。飽き性です。
日記だけはそれなりに長く続いています。でも、思ったことを時間をかけて出力することが苦手です。思ったことを思ったままに、浮かんだ語彙だけで書いてしまいます。もう少し丁寧に、自分の言葉や気持ちと向き合えたらと思います。
今だって、思ったことを思ったまま思った順番に書いている。夏休みの作文でも毎回、推敲が1番下手でした。文集に載る時も、書く順番や書き方は直されることがしばしばありました。
noteに関連したことで挙げると、ネットに落ちているキラキラじわじわ素敵文章を読むのが大好きです。水紋のように心に広がる文章や、キラキラと輝きながらこちらを圧倒する文章、種類は様々ですが、とにかくそれを受け取ると凄くかっこいいと思います。同時に劣等感にも苛まれます。
食べ物のことを考えるのが好きです。
だし巻き卵と、お母さんが作る卵焼きと唐揚げ、というか親の作る料理のほぼ全てが大好きです。
日本には美味しいお店がたくさんあるので、外食も美味しく幸せにいただいています。
『美味しんぼ』などのいろんな食べ物アニメやドラマ、YouTubeを見るのにハマっています。
最近では土井先生のpodcastも聴いています。
食べ物のことを考えるとばっと心が晴れやかになります。親はとても料理が上手で、生まれてからずっと食べ物を食べる時間は私の幸せです。
どんなに落ち込んでいて死にたくなっても、ご飯を食べている時だけは死にたいなんて思わず、美味しい美味しい、って思うことができる気がします。
お弁当は毎日楽しみだったし、何度も夜ご飯のメニューをリクエストしたことがあります。
最近は毎日夜ご飯の写真を撮ろうプロジェクトを自分の中で遂行中です。
趣味以外の観点から自分のことを人に伝えようと考えてみた時、山月記をよく思い出します。私は李徴よりも出来の悪い李徴のような人間だと思う。いつか虎になってしまうんじゃないかって寝る前に時々考えます。臆病な自尊心って言葉はお気に入りです。凄く私に寄り添ってくれる言葉だって思うから。
自分は何かに共感する割に人の感情の機微には鈍い人間です。最近少しずつ前向きに、自分を肯定し始めてきています。
自分のことはなんでもすぐ人に話してしまいます。将来人を殺したとして、それですら友達10人くらいに言ってしまうと思います。
それから、何かに気づくのが常にゆっくりな人間です。死んだことにすら、死んでから何日か経たないと気づけないタイプだと思います。
すぐ不安になります。家を出た時に、ヘアアイロンのコンセントが差しっぱなしになってないか毎回気にします。年に1回あるかないかくらいなのに。
褒められると、嫌われないように頑張らなきゃと思います。これも多分すぐ不安になるからです。
自己内省の時間は好きだし大切だと思うのに、これほど自分のことを言葉にするのが好きな自分は、まだ他人の目を気にして生きています。
文の書き方は1人称主観だらけだけれど、これでも文にするとかなり自分を俯瞰できる気がするから、好きです。自分を見つめるという行為を自分だけで行うことが苦ではないのに、まだ他人の目を気にしてしまいます。他者がないと自分を理解することはできないという言葉には全面同意ですが、もう少し他人を気にせずに生きられるようになりたいです。
人と会話する時、一生打率を考えています。これを言ったらヒットするだろうという言葉を常に考えています。別に全てに嘘を返している訳ではないけど。それでも、思ったことをなるべくいいヒットになるように考えて返します。打率を気にしているのは大概自分だけだったりするのですが、あまりそれは苦ではなく、ただ滅多刺しに否定されるとそれなりに落ち込みます。そのあとめちゃくちゃ反抗します。心が弱くて脆い割に強いから。親と母校の教育に感謝しています。常にクヨクヨしていますが、そう簡単には死なないと思います。分かんないけど。
誰かにされた辛いことってすぐ忘れちゃうんです。辛かった時の気持ち全部なくなって、経験したっていう事実だけが体に積もるんです。
友達に話すうちに、大体私にも悪いところがあったって整理されていって、次会った時に優しくされたらもうけろっとまた好きになっちゃうんです。
されたことは忘れないけれど、辛い気持ちは残っていないから。都合のいい体に感謝しています。
私の読書体験は9割が児童書と教科書で出来ていて、こころと山月記が本当に大好きです。
読書感想文の宿題は、ちゃんと読むこともあれば、何回かは羅生門や鼻などの短編小説を読むか、あらすじからどうこうするタイプの人間でした。でも書くのも読むのも苦ではない、し好きだから、読書感想文を書く時は少し気持ちが高揚して、ペンを持つときによし、やるぞ!と思っていました。
それから、最近気づいたけれど、自分はパンセクシュアルだと思います。これに関しては、まだ確信には至っていないです。
季節を感じるのが好きで、上辺しか知らないけれど、平安時代の感性を素敵だと思います。
虫の音や花、月の傾き、もののあわいに美的感覚を刺激される文化のもとに育って幸福です。
季節は秋が大好きです。茶色が似合う季節だし、何をしすぎても〇〇の秋で許してもらえます。
葉っぱの色が変わるのは可愛いと思います。
枯れ葉が落ちるとなんだかとっても切なくて、でもこの侘しさをとても大切で愛おしく感じます。
秋になると感じる切なさや侘しさは時間感覚?にも影響している気がします。昭和歌謡が聴きたくなるような、昔を懐かしむ気持ちを抱きます。
あと、空気も夏より少し落ち着いて吸いやすい気がします。それから、空が暗くなる時間が早くなると、季節の変わり目を感じてなんだか、そわそわします。
ちなみに冬も好きです。冬はあったかい液体がたくさんご飯に出てくるから。シチュー、鍋、お味噌汁、カレー。温かい食べ物は割と好きなことが多いです。じんわり満たされるからなのかもしれない。
月は私にとって大切です。
おひさまは私に力をくれるし、ぽかぽかとしてあったかくて好きです。でも太陽ってたまにギラギラしていて、私には眩しすぎます。たまに鬱陶しく感じる時すらあります。ごめん。
でもお月様は比較的温度感が一定です。そして柔らかな光は、見ていてなんだか落ち着きます。白い光は冷たい印象も受けるけれど、黄色い月の日は分かりやすく見守られているような気持ちになります。
夜、帰り道に空を見上げてよく月を探します。お昼に見られた時はレアなものを見た気がして、ふふんとなります。
月は時としてその明るさで周りの星の明るさを飲み込んで見えにくくしてしまうと聞いたことがあります。本当か嘘かわからないけれど、月になら飲み込まれてもいいかもしれないと思います。飲み込まれてもいいと思えるくらい好きなものに出会えて嬉しいです。
温度感が一定って凄いことだと思います。
私はすぐ気分が上がり下がりするから。どうすればいいか分からないくらい安定しません。でも安定したいなって強く思うと同時に、安定した瞬間私は今よりもっともっとつまらなくなるんだろうなと思います。
前に授業で蜷川幸雄さんのインタビューを拝見しました。
人は苦しい方が感性が鋭くなるというようなニュアンスのことをおっしゃっていたと思います。
その時はそんな悲しいこと、と思いました。私は今とても恵まれていて、幸せなはずだからです。過去にはとても苦しくて、今にも死にたいと3階の窓から身を乗り出して地面を見たことも、学校に行きたくないと自室の机の下で泣いたこともあります。しかし、それらは全て落ち込んだ時の行動に過ぎず、死のうとすると幸福な私の人生がそれを止めてくれるのです。
最近は少しずつ自死に向かおうとする頻度も減ってきているような気がします。こんなに恵まれていて幸せな人間は本当にいないというくらい、毎日感謝してもし足りないほどの幸福を、家族や友達や親、趣味から与えてもらっているからです。
でも、この言葉のおかげで、気分の浮き沈みが激しすぎる自分のことを少し肯定できそうです。
落ち込んだ時にも自分に生きている価値ができたと思うほかなさそう。幸せに生きているということは悪いことではないはずだから。
毎日周りに感謝して丁寧に生きなければと思います。本当に本当に感謝しています。今まで悪いなという人に会ったことがありません。みんな私と向き合って優しく、時に厳しくあれこれ教えてくれます。いつか何かの形で恩返ししたいと本当に思っています。
なんだかまだ自分の思ったこと全部全部は言い切れていないのですが、一旦これでおしまいにしようと思います。
どうしようもなく自分に自信がなくて、最近やっと人と比較しないでゆっくり生きることを身につけてきつつありますが、未だ自分に自信がありません。
自信がないというか、勇気がないというか、ん〜。
noteを書いて、自分の感情を俯瞰して変化していければと思います。