弁護士は事務機能を外注できないのか?【ニッチすぎる法律解説】
弁護士法は、弁護士又は弁護士法人でない者が法律事務を取り扱うこと等を禁じており(72~74条)、かつ、弁護士の職務遂行上のルールである「弁護士職務基本規程」は、非弁護士との提携や報酬分配を禁じています(11条、12条)。なので、弁護士にとって外部業者への「外注」とか「業務委託」は結構デリケートな問題です。
弁護士法人東京ミネルヴァ法律事務所の破産
世間、そして業界を大いに騒がせているこの問題。報道(上記ダイヤモンドオンラインの記事、週刊新潮2020/7/9号の記事等)によると、破綻に至った要因は過大な経費。「士業に特化した広告代理店」にヒト、モノ、カネを握られ、依頼者からの預かり金(回収した過払金)まで「広告代理店」への支払いに宛てていたと。
「非弁護士との提携」、「非弁護士との報酬分配」の疑いが極めて濃厚ですし、何よりも、依頼者に多大な迷惑をかけている。
まあ、とんでもない話ですよね。擁護の余地は全くありません。
うちの事務所はそんな心配せずに済んでよかった、と、ある日、ビルのポストを見ると、
ん?
謎の名称が。自由軌道?無軌道?大丈夫なの、これ。
経理資料を確認すると、「株式会社フリーオービット」に毎月それなりの額の「業務委託料」を事務所から支払っている...。会社登記簿をみると、「競走馬の所有」とか書いてある...。これは一体?
謎の会社の正体
誤解を招くといけないので、早目に種明かしを。
この株式会社フリーオービットは、当事務所の代表である秋山清人弁護士が一人株主かつ代表取締役を務める会社です。いわゆる「事務局法人」というやつで、ビルの賃貸借、事務職員の雇用、備品の購入、リースなどの経常的なものをこちらの会社でまかなっています。ちなみに、私も取締役(無報酬)です。
弁護士個人で事務職員を雇用していると、経営承継の際や弁護士に不測の事態があったときには、雇用関係が解消してしまうリスクがあります。会社の方が社会保険などの面でも有利。ビルの賃貸借やリースにしても、個人名義でやっていると、万が一のことがあったときに、「事務所外の相続人」が地位を承継してしまう。相続人からパソコンをよこせとか言われたら、たまりませんよね。結局、法的には、個人は個人なのです。
こうした事態への備えとして、当事務所では、事務所とは別主体として会社を作り、そこで色々なものをまかなう、という形にしています。
「事務局法人」って何?合法なの?
事務局法人について、正面から解説したものは見当たりませんでした。
数少ない「定義」として、日弁連業務改革委員会「弁護士法人制度Q&A」(2008)に以下の記載があります。
事務局法人とは、一般に法律事務所の事務局部門の一部を株式会社等の法人にして、法律事務所の業務を受託したり、事務所の賃貸借の借り主になるなどして、法律事務所の業務遂行の支援をする形態のことをいいます。実際上、法律事務所の法人化ができる前段階の経過的仕組みとして、あるいは、共同事務所の資産運営、事務局運営の効率化を図る目的で活用されているケースが一般のようです。
(※日弁連会員専用ページ)
また、2000年の司法制度改革審議会で配布された「弁護士の在り方」という資料の中で、以下の記載があります。
一部では,弁護士事務所の事務部門のみを会社とする試みなども行われているが(いわゆる「事務局法人」),事務局法人は,法律事務の受任主体となり得ないことなどから,安定した多様な法律サービスを提供するインフラとはなり得ず,余り活発に利用されていない。
このほか、利用例として、弁護士法人匠総合法律事務所のページの中で、次のような紹介がされています。
「匠総合法律事務所」は、弁護士法人匠総合法律事務所(東京、大阪、名古屋、仙台、福岡の各拠点にて構成する事務所)、共同事業関係にある弁護士の集合体にて、構成される法律事務所であり、株式会社匠パートナーズ(スタッフ・事務局)と共同・連携して執務を行っております。
また、昨年(2019年)の日弁連の業務改革シンポジウムで、若松敏幸弁護士が講演の中で以下のように述べています。
私は,7 年くらい前から事務局法人を設立し,職員はその法人で雇用し,代表者も職員を当てて運営している。そういう法人があれば,緊急事態での対応のため,事務局法人に当座の廃業対応資金(廃業までの数か月の事務局の活動費としての給与,退職金,事務局法人の解散・清算手続費用,顧客の事件を他の弁護士に依頼する際に,着手金の少なくとも 50%程度を返金する準備金として確保しておくこと,賃貸事務所の返却,清算,未払債務の清算などの費用)として,規模にもよるが,500 万円~2,000 万円程度を預託し,公正証書遺言でこの預託金を事務局法人に遺贈すること,遺言執行者として法人代表者と弁護士の 2 名に委任することをしておくと,相続人と法人との間でトラブルもなく,また相続人も事務所の顧客や債権者への対応はしないで済むことになる。そんなトラブルなく,弁護士自身が廃業始末をできればその資金は,法人から返金を求めれば足りるし,引退後の小遣いにもなり一石二鳥であると思われる。
(PDFが開きます)
ということで、事務局法人そのものが違法でない、ということは間違いありません(よかった)。そして、事務局法人が独自の収益源を持たないことは明らかですから、弁護士が事務局法人に何らかの支払いをする、というのは当然の前提となっています。なので、業務委託料として、事務職員の給与や賃料、リース料等々に宛てるお金を支払うことも合法であるといえます。
東京ミネルヴァと何が違うのか?
東京ミネルヴァ法律事務所の例も、見ようによっては「事務局法人」の「活用例」と見えるかもしれません。
私なりに違いを考えると、わかりやすくいうと、「弁護士との主従」なのではないかと思います。別法人に委託する以上、その委託先は、自身の判断と責任において行動することになります(そうでないと、委託先が形骸化してしまい、それはそれで問題)。なので、法律面、運用面でコントロールをしていかなければなりません。
たとえば、弁護士が株式の全部/大部分を保有する、弁護士が役員の全部/過半数を占める、といったところでしょうか。実際の業務の面でも、弁護士が事務局法人の役員等としても事務職員を指揮監督する、ということが必要だと思います。
東京ミネルヴァ法律事務所の例では、報道による限り、この主従が完全に逆転しており、「広告代理店」に弁護士が使われる(そしてスポイルされる)、という状況になっていたようです。
弁護士は、自分の業務に個人として責任を持たなければいけないのだから、目の届くようにしておきましょう、と思います。
それだけでいいのか?
いまのところ上記のように考えていますが、法律事務所の規模拡大や国民の司法アクセスの改善ということでいうと、それだけでいいのかとも思います。
弁護士は法律の専門家ではあっても、経理、人事、総務、広告等、経営に必要なたくさんの事柄については「素人」です。たとえば経理に関していえば、税理士に依頼している人が多数でしょう。また、最近だとfondeskなどの秘書代行サービスを利用する人が多くなっていると聞きます。
法律事務所経営を合理化しつつ、他方で責任も尽くせるような体制があればいいのですが。
続編はこちら。
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