【小説】Earth Flare 1-3
目を開いたまま倒れている友達は皆,黒目が黒い。黒目が黒いのは当たり前だが,本当に黒いのだ。紫珠も既にこれを見ている。それもドラマや映画でしか見たことの無い目の開いたままの死体の彼らに,匡が目を覚ますまで一人囲まれていたのだ。恐かっただろうと匡は思った。
しばらくそのままでいた。彼女はもう泣いていなかった。
匡は立ち上がり,教室のドアの方へ走る。
「どこいくん?」紫珠が怯えながら聞いた。
匡はドアの前で立ち止まり,言った。「2組に誰か呼んでくる。動かんでいいから待ってて。」
「いやや。一緒に行く」彼女は立ち上がる。
匡は紫珠が必死に寝ている自分を起こそうとしていたことを思い出す。
「わかった。じゃあ,おいで」
一緒に行くといっても,3年2組はこの教室のひとつとなりだ。廊下を出て,隣の教室まで走った。走ったといっても,その教室まで十メートルも無い。でも走った。
3年2組の教室の戸を引く。
同じだった。教師を含め,全員倒れている。
一瞬引き戸の前で立ってこれを呆然と見ていた。しばらくして,みんな死んでる,と紫珠がつぶやくようにそう言ったのを聞いて,匡はその教室へ踏み入った。
何人,大声で名前を呼びながら体をゆすってみただろう。何人,心肺蘇生をしてみただろう。学校だから,教科書を見れば心肺蘇生のガイドラインはあった。しかし死んでいるのは匡にはわかっていた。心肺が停止してから心肺蘇生を行うまでの時間と生存率のグラフも見たことがあった。それも教科書に載っていた。でもやはり,誰一人蘇生されなかった。当然だ。明らかにこれは死んでいるのだ。
匡が大声で友達の名を呼びながら心肺蘇生をしている間,紫珠は救急車を呼ぼうと携帯を出したのだが,何故だかその携帯は画面が真っ暗で電源が入らない。匡の携帯も,仕方なく倒れている子のポケットから物色した携帯も,不思議だ,誰の携帯電話も電源が入らない。
下の階も見てくれと,黒い目をした動かない友に心臓マッサージをしながら匡は紫珠にそう言ったのだが,紫珠はこわいと言って匡の横から動こうとしない。そりゃそうだ。友達と言えど,何十人も人が目を開けたまま死んでいるのを彼女はさっき,たった一人で見ている。自分だって恐いだろうと匡は思う。
心肺蘇生をあきらめた。紫珠を連れて,廊下へ出て,右へ走る。突き当たり手前の階段を降りてまた右へ曲がる。一番手前,左にあるのが,匡たちの真下の教室。1年1組。
戸を引いた。予想はしていたが,みんな死んでいた。
何をどう予想していたのだろう。匡は考えた。
みんなが死んでいると予想していたのだ。何故そう予想したのだろう。
ただ,静かだったのだ。そう,静かだ。
何の静けさなのだろう。生きた人がいないから,音を発するものがないから,静かなのだろうか。
否,音源の有無など,関係ない。たとえば,何十年も前の戦争から,荒野に一台だけ残されたままの,錆びた戦車のような,悲しみも,苦しみも,怒りも,何も感じ取れない,ただあるのが,寂しさだけのような,そんな,忘れられた静けさ。そう,ここは寂しい。
「まさし?大丈夫?」紫珠が聞いた。
「ごめん。ぼーっとしてた?」
「うん」
「やっぱり,みんな死んでたな。ごめんこんなところにいけとかゆうて・・・」
「うんん。しゃあない」
初めて,よく知った人の死体を見て泣きそうになった。蘇生をしている間は気付かなかった感情に今,紫珠に謝ったことで気付く。
もう心肺蘇生はしなかった。頚動脈にだけ触れてみて,生死を確認する。やはり死んでいた。脈を触れていて気付いたが,皆少し冷たいというか,ぬるくなっている。もうすでに体温ではなかったのだ。
何人かの携帯電話を見てみたが,やはり電源はつかない。誰とも連絡できない。
「外にでてみる?学校で生きてる人探してみる?まだ一学年残ってる」匡は聞いた。「多分,誰もおらんと思うけど」
「なんでそう思うん?」紫珠が聞き返す。
「理由は,無い。勘かな。二つの教室でみんな死んでるし」
とりあえずまずは職員室へ行ってみることにした。
紫珠と1年1組の教室を出て,廊下を歩き,階段までたどり着き,それを降りる。階段の途中には踊り場があり,その踊り場には大きめの窓がある。その窓から見えるのは東。つまり井伊森山。その下には中学校のものにしては若干狭い運動場がある。
匡は階段を二段降りたところで足を止めた。見えたのだ。匡が階段から見下ろす踊り場の窓の向こうの運動場で,見える人全てが地面に倒れている。体育の授業だったらしい。サッカーボールが一番手前に見える子の横に転がっていて,倒れているのが全員,この学校の体操服を着ている。多分,あれは二年生の男子。この学校は生徒数が少なく一学年二クラスしかないから体育の授業は学級単位でなく,学年単位でおこなっている。とすると,恐らく二年生も少なくとも男子は全員だめだ。女子も体育館でみんな死んでいるのだろうか。
どうしてこんなに人がいっぺんに死んでいるのだろう。病気ではない。こんな人数がいっぺんに急死するはずが無い。毒ガスでもまかれたのだろうか。匡は考え始めた。
紫珠も窓の外の二年生に気付いているらしかった。匡の一つ上の段で,彼女も足を止めてじっと窓の向こうを見ている。
ふと気になった。「しず。みんなが死んだの,見てた?」
「死んだ瞬間のこと?見てへんよ。私も寝てたもん」紫珠は視線を匡に向けて答えた。「なんで死んでんねやろうな。これやったら学校の外にも誰も生きた人いてないんちゃう」
「なんでおれは生きてたん?てかまず,なんでおれらは気を失ってたんやろ。それも覚えてない?」
「知らんし覚えてない。でもまさしはひとりだけ寝息立ててた。それで気付いてん。まさしだけ死んでないって。他の子はなんか,息もしてないし見える目が全部こっち見てるように見えるし」紫珠は匡の目を見ていたが,俯いて黙ってしまった。
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