さくらあやのこと(その1)
かつて、プロレスばかり見ていた。世の摂理は全てプロレスから学んだといってもよい。
しかし、社会に出たころだったろうか、プロレスへの情熱は冷め、すっかり距離ができてしまった。
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嫌いになったわけではない。冷めてはしまったが、残り火のようにくすぶるプロレスへの想いはあった。
だから、ダラダラと飲みながらYoutubeで「高田 武藤 四の字」とか「前田 長州 顔面」とか「雁之助クラッチ かけ方」とか検索するようなことは続けていた。誰かに雁之助クラッチを仕掛ける予定は今のところない。
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そのせいか、YouTubeの「おすすめ」にはプロレス関連の動画がお笑いや音楽に混ざって並ぶ。
ある日、その「おすすめ」に「【3.25NB】練習生がプロテストに合格‼︎HANAKO&さくらあやのデビュー戦の相手は…!?」なる動画が現れた。スターダムという女子プロレス団体の公式動画だ。
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スターダムは面白い。
何年も前から色々な人が言ったり書いたりしている。プロレスと距離のできていた私も、試合の映像を何度か見たことがあったし、顔と名前の一致する選手も僅かだが在籍している。
とはいえ、練習生がプロテストに合格‼︎という動画をなぜ再生したのか。自分でもわからない。
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その動画に登場した練習生の一人、石黒さくらという人を見た瞬間、タイガードライバー'91を喰らったかのような衝撃が走った。
「可愛い」
いや、よくない。プロレスラーを不純な目で見るのはよくない。おっさんが女子プロレスラーに一目惚れなんて目も当てられない。ルッキズム、ダメゼッタイ。
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その後、彼女は「さくらあや」という若干既視感のあるリングネームでデビューを果たし、当然アンダーカードばかりだが、闘いを続けた。
身体が決して大きくはないので、担がれ投げられと概ね悲惨な目に遭う。おっさんは泣きそうになる。
空手のキャリアがある彼女は蹴りを主体に闘う。担がれ投げられても、チャンスと見るや容赦ない蹴りを叩きこむ。おっさんは泣きそうになる。
新人らしく丸め込みで3カウントを狙うが、惜しくも返される。おっさんは泣きそうになる。
アイドルみたいにニコニコと入場してきたのに、リングを降りるときにはズタズタになっている。おっさんはついに泣く。
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もはや「可愛い」とかはどうでもよく、いやよくはないのだが、半ば父親のような気持ちになっていた。
そんな中、スターダムが札幌にやって来るという報。7月16日と17日。さくら選手を直に拝み、声援を送る日が、ついに。
あるよねー、こういうの。わかるわー。
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この時点で私はチケットを買っていなかった。
「さくらちゃんいねーならいかねーよばーか」と漢字と句読点を忘れて家で寝込むこともできただろう。
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でもまあ、行くよね。
さくら選手をきっかけに、プロレスへの想いは少し火力を増していた。
とはいえラスカチョで女子プロの歴史が止まっている私は、完全にニワカだ。
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しかし、そんなニワカのおっさんにもスターダムは優しかった。初めてプロレスを観たあの日のように、その全てに圧倒された。強さに、高さに、速さに。
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映画を観た後は、誰かと感想を語り合いたくなる。
いや、映画に限らない。お笑いでもサッカーでも、そしてプロレスでもだ。
帰りに銭湯へ寄った。プロレスもよいけど銭湯もよい。
「星来芽依のドロップキック、高かったっすね!」「鈴季すずの面構え、最高っすよ!」と誰かに話しかけたかったが「プロレスといえば力道山とシャープ兄弟」といった面々ばかりだったので、グッと堪えた。
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生きる理由がまた出来たぜ!
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