旭川あるいは高砂温泉のこと
約25年前、私はオホーツクの田舎にある中学校で陸上部に所属し、短距離の選手として日々汗を流していた。
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中3のある日、我々3年生トリオに顧問が「今度旭川で大会あるけど、出る?」と声をかけてきた。
出ても出なくてもよい親善試合みたいな大会だったが、大都会・旭川に行く機会など滅多にない。「出ます!」と即答した。
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旭川には前乗りだった。宿に荷物を置くと、顧問は「これからメシと風呂行くぞ」と宣言した。
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顧問はまず洒落たカレー屋さんに我々を連れて行った。いかにも都会的でスタイリッシュなそのカレー屋は、名をCoCo壱番屋といった。
私は「なんか大人っぽい」という理由でモツカレーだかホルモンカレーだかをチョイスした。
さらに「辛いものを食べられるのはカッコいい」と思っていたので、そこそこの辛さにした。中学生男子とはそういう生き物だ。
翌日、腹を壊してタイムが振るわなかったのは、きっとこのせいである。
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ココイチを後にし、我々は高砂温泉へと向かった。名前とは裏腹に、昭和レジャー感満載のスーパー銭湯的施設だ。
「お風呂のデパート」を名乗るくらい、たくさんの湯船がある。
そのうちのひとつが「ヘルシーミュージックステレオ」だ。
「ヘルシーミュージックステレオの湯」でも「ヘルシーミュージックステレオ温泉」でもなく、その浴槽には「ヘルシーミュージックステレオ」とだけあった。
その湯を前に我々は
「ヘルシーミュージックステレオ⁉︎何だよそれwww」
と笑った。
翌日、腹を壊した私に連中が「ヘルシーミュージックステレオ入ったら治るんじゃない?ヘルシーだし」と言う程度には身内でプチブームを巻き起こした。
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自画自賛になるが、中3にして「ヘルシーミュージックステレオ」のニュアンス、味、つまりその「アレ」な感じを嗅ぎ取るあたり、なかなかの感性ではないだろうか。
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高砂温泉はそれっきりだった。
数ヶ月後、私はその旭川に転居し高校時代を過ごすことになるのだが、登校以外で外に出ることのない陰鬱な3年間を送った。
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約四半世紀の時を経て、私は高砂温泉を訪ねた。
インターハイの男子サッカー決勝が旭川で行われたため、その観戦ついでではあった。
腐った高校時代を送った地に高校生を観に行くなんて、皮肉なことだ。
明秀日立の初優勝を見届け、かの湯へ。
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「こんな感じだったっけ?」
25年も経てば、リニューアルしていてもおかしくない。ヤツは、ヘルシーミュージックステレオは無事か。
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ヤツは、無事だった。
屋上と呼んでよいのかどうか、とにかく露天スペースの一角にヤツがいた。そうそう、こんな感じだった。
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もちろん、勢いよく肩まで浸かった。
程なくして、そばのスピーカーから音楽が流れ出した。ヘルシーミュージックステレオのヘルシーミュージックステレオたる所以だ。
その曲を聴きながら思う。
「ヘルシー?」
…いや、素敵な音楽ではある。でもヘルシーな音楽って、アンビエントとかf分の1の揺らぎとか、そういうのだろう。
スピーカーから流れる曲は、全然そういうのではない。
そして、私の耳が確かならば、完全にモノラルだった。
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つまりヘルシーミュージックステレオはヘルシーでもステレオでもなく、ただのミュージックだった。
「ヘルシーミュージックステレオ⁉︎何だよそれwww」
感想はあのときと同じだった。
成長していないともいえるし、あのとき既に完成していたともいえる。
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浴後、館内を彷徨いていると、素敵すぎる展示コーナーが。
週ベとウルトラマン。
その辺の砂を詰めている可能性もある。確認のしようがない。ジャムの瓶もポイントが高い。「ごはんですよ!」かもしれないが。
これはマジで震えた。カセットビジョンまである。
キティちゃんモデルのドリキャス!キーボードまで!
バーチャルボーイとサンタフェ!なぜ!最高!
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はしゃぎ過ぎた。
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この四半世紀、旭川に全く行っていなかったわけではない。何度かは訪れていたのだが、腐臭漂う高校3年間を送った自分のせいで、いつも息を止めていた。
でも今回は大きく息を吸い、大手を振って旭川の街を歩いた。
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ヘルシーでもステレオでもないのに、堂々とそこに存在し続けることには意味がある。
ココイチで腹を壊し、暗澹たる高校時代を送った彼も、ヘルシーミュージックステレオのように、きっと意味ある存在だ。
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初めて蜂屋を食ったぜ!