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東北のこと(その2)
青森にはキリストの墓がある。その界隈ではよく知られた話だ。
その界隈がどの界隈なのかは私もわからないが、B級スポットとか珍スポットとかいわれる存在の中では超メジャー、いうなればS級のB級スポットである。
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その存在を初めて知ったのは、みうらじゅん氏の著作だったと思う。高校時代だろうか。
「行ってみたい」
とは思ったものの、田舎の高校生がおいそれと行けるはずはない。
周りの連中が甲子園や一流大学を目指す中、私の目指す場所はキリストの墓となった。
しかし結局は彼や彼女と同様に、そこへ辿り着くことは叶わなかった。
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ほぼ思いつきで決めた東北旅行。突貫工事でプランを立てねばならない。期待せずに「盛岡 観光」「八戸 おすすめ」などと検索した。
案の定、全く興味のない名勝やら何やらが表示された。
ため息混じりにブラウザを閉じようとした私の目へと飛び込んできたのが
「驚異のパワースポット!新郷村・キリストの墓」
という一文だった。
「何のパワーもねぇだろうよ!バカタレが!」
暴言を吐きながら私はほくそ笑んだ。すっかり忘れていた憧れの場所。あの場所に手が届きそうなのだ。
スタルヒン球場で涙を飲んだ野球部の彼。勉強しか取り柄がなく「メガネ初段」というアダ名をつけられた彼女。
奴らの魂を背負い、旅のプランが固まった。アダ名をつけたのは俺だ。ごめん。
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アクセス方法を調べたところ「キリスト公園前(新郷村コミュニティバス)下車すぐ」とのこと。
いろんな意味でありがたいバス停だなと思ったのも束の間、訪問予定の日曜は運休であることが判明。
諦めるわけにはいかない。次の策を練る。
タクシーもおそらく期待できないだろう。そうなるとレンタカーか。しかしスーパーペーパードライバーの私にはハードルが高い。
「縁もゆかりもない山中で事故死。理由はキリストの墓参り」
では親類縁者が可哀そうすぎる。そもそも死んだ私自身が閻魔様の前で
「いやいや、違うんすよ!あるんすよ、キリストの墓!青森に、はい!」
などと弁明するのは避けたい。
仕方がない。日曜ダイヤの公共交通機関で可能な限り接近して徒歩という策に落ち着いた。題して「日曜ダイヤの公共交通機関で可能な限り接近して徒歩作戦」だ。
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2022年10月9日(日)の昼。私は「金ヶ沢」なるバス停に降り立った。
三連休ど真ん中だというのに人影が全くない。脳裏に「横溝正史」というワードが浮かんだものの、前進あるのみだ。いでよ、Google Map。
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歩いた。とにかく歩いた。
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こんな田園風景がずっと続いた。玉置浩二を唄いながら歩いたことはいうまでもない。愛はここにある 君はどこへもいけない。
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いや、俺はどこへも行ける。19回目の田園を唄い終えたころ、いよいよ目的の場所を視界にとらえた。
しかし、墓の手前でまず私を出迎えてくれたのがこちらのお店だ。
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名前を「キリストっぷ」という。ミニストップのパロディだ。北海道にはミニストップがないので、気づくまで時間を要したことは白状しておく。
店内では数々の狂っ…もとい、素敵な土産が売られていた。
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この手ぬぐい、キリストの遺書がプリントされている。漢字とカタカナで書かれているのは少々気になるが、大した問題ではない。
店内では地元の方と思われる淑女スタッフが迎えてくれた。
「北海道から?ひとりで?次は美人さんと一緒に来なきゃダメよ!がっはっは!」
と令和時代のコンプラを一切無視したエール。大変ありがたかった。
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買物を終え店の外観を写真に収めていると先ほどの淑女が出てきて、
「これ撮った?」
と看板を指さした。
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「営業時間は十字架ら(10時から)三時まで」
とある。反射的に
「面白いですねー」
と発したが、本当に面白いと思った時に人は「面白い」と口にするだろうか。
キリストっぷをあとにし、いざ墓へ。
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立派な看板だが、左の防犯標語が少々意味深ではある。
少し進むと当地の由来を説明する案内板が登場した。
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要旨としては
「21歳から12年間、キリストは日本に来ていた。その後、ユダヤに帰り十字架で磔刑となるが、実は弟のイスキリが身代わりとなってキリストは難を逃れた。再来日し106歳まで生き、子孫も残した」
ということだ。
絶対に必要な説明がいくつか欠落している気はするが、まさに気のせいだ。
立派な階段を上がると右にキリスト、左にイスキリの墓がある。
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ユダヤで身代わりとなったイスキリの墓がなぜあるのかと小学生でも疑問を持つだろうが、そんな細かいことを気にしてはいけない(疑問の答えは後述する伝承館で一応判明するが、面倒なので書かない)。
墓の前には「ありがとうございます」と書かれている。
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誰が誰に対して感謝しているのか全くわからないが、これも気にしてはいけない。
とにかくこの場所を楽しむコツは「気にしないこと」だ。
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墓からさらに奥へと向かうと現れるのがキリストの里伝承館だ。その手前にはピラミッドが鎮座している。
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ピラミッドは中に入れるようになっていて、内部にはたくさんの絵馬がぶら下がっていた。
キリスト、ピラミッド、絵馬。もはや和洋折衷どころの騒ぎではない。とんかつラーメン(コーヒー付) といった味わいだ。
ほとんどの絵馬には「万馬券が当たりますように」とか「乃木坂のxxちゃんと付き合えますように」とか「わかってらっしゃる」という感じの願い事が書かれていたが、中には「おばあちゃんが早く元気になりますように」というのもあったりした。私の感想はただ一言、「罪深い」だ。
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伝承館の入り口にはいわゆる「顔ハメ看板」が設置されていた。
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私は一人旅を愛しているが、顔ハメ看板を前にしたときだけは
「あぁ、誰かと来ていればなぁ…」
と涙に咽ぶ。一人で顔ハメを敢行する勇気はない。
以前お付き合いをしていた女性と旅に出た際、顔ハメ看板を見つけた彼女が
「あ、ハメ撮りしたい!」
と、とんでもないことを言い出し、その言葉が持つ意味についてカンパニー松尾氏の名前を交えて説明した記憶が蘇った。彼女は元気にしているだろうか。
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閑話休題。いざ伝承館。
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十字架が神々しい。大人は入館料200円。昔のジャンプと同じ値段だが、昔のジャンプと同じくらい充実していたのはいうまでもない。
内部の詳述は避けるが、この地にキリストが暮らしていたことを裏付ける数々の証拠が紹介されていた。
「敗け確実の被告についたヤケクソ弁護士の詭弁」みたいな理屈のオンパレードだったが、そんな風に思った私が間違っている。たぶん全部真実だ。
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大変名残惜しいが、15時台の最終バスを逃すと完全に詰んでしまう。死にたいくらいに憧れた地を去ることにした。ありがとうキリスト、イスキリ。
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復路も当然ながら歩かねばならない。健脚を自負してはいるが、さすがに限界が近づいていた。
「縁もゆかりもない山中で行倒れ。キリスト帰りか」
では親類縁者が可哀そうすぎるし、私自身も浮かばれない。
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歯を食いしばり、なんとか「金ヶ沢」バス停へ。そこからさらに乗り継ぎやら何やらを経て、八戸市内のホテルへチェックイン。
疲労困憊だった。ああ、大きなお風呂に入りたい。最後の力を振り絞り、私は銭湯へと向かった。
ここは銭湯天国、八戸。つづく。