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香港 #14

「明日の朝、迎えに来るよ」
彼はそう言ってドアを閉め、出て行った。

虚ろな目をした私はバスルームで熱いシャワーを浴び続けた。そんな私の耳に、スマホの呼び出し音が微かに聞こえた。耳を澄ませていると長いコールの後、それは切れたかと思うとまた鳴り出した。三度目が繰り返された時、何かあったのかと慌ててバスタブから飛び出した。すぐにバスタオルを体に巻きつけると、床が濡れるのもお構いなしにリビングのスマホへと急いだ。

「もしもし・・・優亜(ゆあ)ちゃん」
祖母の泣いて震えている声が聞こえた。
「美英が危篤なの、すぐ帰って来て」
私は、絶句した。
美英は私の母だ。まだ私が5歳の時に家を出て、私を捨てた母だ。
ずっと恨んでた。それでも会いたくて仕方なかった母だ。
一体何があったと言うの?
「わかった・・・帰る、すぐ帰る・・・また後で連絡するから」
震える右手を左手で抑えながら、それだけ言うのが精一杯だった。


真夜中に出発する飛行機があるのは知っていた。
どの便でも兎に角帰らなきゃと、スマホで慌ててタイムスケジュールを探す。焦りすぎてなかなか上手く見たいサイトに辿り着けなかったが、それでも触っているうちに午前1時50分発のフライトの空きを見つけた。そして、なんとか予約を入れた。
それから会社に電話を入れた。幸い直属の上司が出たので、無理を言って一週間の休暇を貰った。

慌てて洋服を着る。髪を乾かす間もなく、タオルでぐしゃぐしゃっと大雑把に拭いた。財布とスマホ、パスポート。それだけあればどうにかなるであろう最低限の物と着替えだけをバッグにいれた。
電気を全てオフにし、重いドアを閉じ鍵をかけた。
表に走っていたタクシーをすぐ捕まえ乗り込むと、
「ゲイチョン、ムゴイ!(すみません。飛行場まで!)」と叫んだ。


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