香港 #35
ラム先輩の噂話も聞かなくなった頃、やっと先輩が出社してきた。
知らぬ間に3週間ほどの時が流れていた。
先輩は、髪を短く切り、奇抜なデザインで有名なブランドの服を着ていた。また頬はこけ、眼光が鋭くなったように見えた。
久しぶりに、廊下ですれ違う瞬間、声をかけようとした私を完全に無視して、通り過ぎた先輩には、もう私にいつも見せてくれていた、温かい笑顔はなかった。
ちょっぴり寂しさを感じたが、先輩が休暇中、顔を全く見ずに済んだ事で、私の心がさらにアンディにまっすぐ集中出来た事を心の中で感謝した。
アンディの仕事も忙しさを増していた。
撮影旅行の為にシンガポールに出発した日、空港まで見送った私は、そのまま自分のフラットに戻った。出かける彼に心配をかけたくなくて、気づかれない様にしていたが、なんだか体がだるく熱っぽかった。
突然の吐き気に襲われバスルームに走る。
風邪だろうか?でも、なんだかそれとは、違う気がしていた。
吐くことができず、バスルームの床に座り込んだ私は、何とも形容し難い気持ち悪さと戦った。
目まぐるしい忙しさですっかり忘れていたが、生理が来ていない事にふと気づく。
不順になる事もあったけど・・・・もしかして妊娠?
そうだとしたら、飛び上がるほど嬉しい。なのに不安も一緒にやってくる。
もしも、もしも妊娠だとしたら、アンディは何て言ってくれるだろう?喜んでくれるだろうか?私達の将来を考えてくれるだろうか?
兎に角、まずは病院へ行って確かめなければと思ったが、会社指定の病院は避けたかった。しかし香港の他の病院の事は良く知らなかった。アンディも暫く帰って来ない。相談できる人もいなかった。
結局、少し気分が良くなったのを見計らい、近所のドラッグストアーの一つである、屈巨氏(WATSONS)に行って妊娠検査薬を買った。
テスターを買ったのに、いざとなると調べるのが怖くなった。
だけど、何度も深呼吸し、心を決めて説明書に書いている通り事を進めていった。そして、あり得ないと思えるほど長く感じる一分を、待った。
判定の窓に、はっきりとブルーの線が出ていた。
妊娠に間違いない。私は、嗚咽した。
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