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香港 #34

先輩が何か違う人の様だと気づいた通り、わずかな期間に、私の中に眠っていた私の知らない私自身が目覚た様だった。それには、当人の私が一番驚いて戸惑う事があった。

これまでの人生で誰かに溺れた事なんて一度もなかった。誰かを好きになる事があっても、いつもどこかで冷めていて、自分が傷つくのを一番恐れ、それを避けながらずっと生きてきた。なのにアンディには違ったのだ。
彼の為なら何もかも全てを犠牲にしても、たとえ自分自身が傷つく事になったとしてもよかった。彼の事をまず第一に考え、彼と過ごす時間を何よりも大切にしたいと思っていた。そう、彼は自分よりも大事な存在になっていた。そして、世界で一番大切な人になった。
だからこそ、昨夜、私はきっぱりと先輩にさよならができたのだと思った。


ラム先輩は仕事に出てこなかった。
「鬼の霍乱か?」と先輩の同期の張さんが噂話をしているのが聞こえてきた。誰も、なぜ休んでいるのか訳を知らなかった。
私は、先輩には申し訳ない気持ちも多分にあり、人として心配になったが、連絡を取るわけにはいかなかった。それにとても身勝手だけれど、先輩が休んでくれたお陰で正直な所、気持ちが楽になったのも事実だった。


仕事にプライベートに、私の毎日はとても忙しくなった。
そして、心のみならず外観もどんどん変化していった。メイクや洋服など、アンディの好むスタイルに変わるのが喜びだった。
付き合っている男性の好きなタイプの女になろうとする女性達を、しらけて見ていた過去の私は、そこにはいなかった。

アンディが強く望んだので、私の夜勤の泊りが無い日には、毎日彼の部屋でねむる事を約束した。そして、彼が泊まりの撮影に出かけて帰宅しない日でも、いつでも自由に部屋に入れるようにと、彼からスペアのカードキーが渡された。私はそれを宝物みたいに大切にした。


互いをあまり良く知らないまま深い関係になってしまった事を反省してい私だったが、時間の許す限りアンディと一緒に何かをし、一緒に過ごす事でお互いの事を少しづつ知り、もっと幸せを感じる事ができたが、勿論それ以外の感情も生まれた。

アンディが仕事に出かけたある日、私は貰っていたスペアキーで彼の部屋に入った。
リビングを掃除している最中、たまたま誤って落とした雑誌の表紙を飾っていたのはアンディで、それを見た私は腰を抜かしそうになった。
慌てて拾い上げてページをめくると、そこには世界的にも知られる有名なフォトグラファーとして、アンディの経歴や受賞歴、対談記事が載っていた。
彼からはその様な事を何も聞かされておらず、不安に襲われた。

それからは、彼が仕事で外泊する夜は、心配で心配で仕方なくて、良く眠れなくなった。
こんなに有名で素敵な男性ひとを他の女性達がほっとくわけないと勝手に思い込み、やきもちを妬いた。そして、彼が帰宅した時に、それがもとで喧嘩にもなった。気持ちが不安定になって、急に泣き出してしまう事もあった。
恋の喜びは、狂気と裏合わせ。私の中の危うさを知った。






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