香港 #30
搭乗がはじまり、私はアンディと二人で飛行機に乗った。誰か男性と一緒に飛行機に乗るのも初めてなら、ビジネスクラスも初めての経験で緊張した。
搭乗するとまもなく、ウェルカムドリンクのシャンパンがふるまわれ、二人で乾杯。一口飲むと口いっぱいに甘いベリーの味が広がった。それから、折れてしまいそうな繊細なシャンパンフルートに注がれた、その金色のリキッドに立ち上る小さな小さな一筋の泡たちを不思議な気持ちで眺めていた。
ーーーこの泡はいつまで続くのだろう? 何か不安を覚えた。
掛けていたシートは体を包み込むように大きく革張りで、少し前にテレビのCMで見た通り、フルフラットになるタイプのものだった。そして足元のスペースもとても広かった。乗客各々に備えられたパーソナルモニターには、出発、到着予定時刻や天気等の情報が映し出されていた。
私にはここまでの全てが既に、贅沢と言える物だった。
食事の時間になると、高級ブランドの食器に入ったアペタイザーがサーブされ、メインディッシュへと続いた。カトラリーもプラスチック製ではなく、白い布製のナプキンに丁寧に包まれたシルバー製の物が提供された。
ワインはフランス、ドイツ、アメリカ産と豊富にあり、他にウィスキー、ブランデーやカクテル等も選べたのでどれを飲もうか迷ってしまった。
デザートにはチーズ、フルーツ、チョコレートケーキ、アイスクリーム等が用意されていて、まるで高級レストランで食事をしているかの様だった。
同じ機内で、たったカーテン一枚隔てただけのこの場所が、完全に別世界の様相で、本当にここにいていいのだろうかという気持ちになった。そして、全てが夢の中で、アンディと一緒に居る事もまた夢なのかもしれないと思えていた。
ーーーこの幸せは何時まで続くのだろう?
とても、怖くなった。
食事を終えると私達はシートを少し倒し、手を繋いだ。そのほんのりと伝わるお互いの温もりを感じ合いながら、うとうとしはじめた。
アンディも昨夜は子供みたいにワクワクしすぎて、あまり眠れなかったのだと打ち明けてくれていた。
心地よい飛行機の少しの揺れと、お酒の力も手伝って、まもなく二人は心地よい深い眠りについた。
”Dear passengers, we are now descending to prepare for landing.”
どのくらいの時間が流れたのだろう。
着陸前のアナウンスが流れ出し、二人はほぼ同時に目を覚ました。
客室乗務員がアイルを行き来した。
静かだった機内は着陸準備の為、にわかにざわめき始めた。
窓の外に目をやると、黒い海に浮かぶ香港島の街の灯りがまだ少し遠くの方に煌めいていて、夢ならばこのまま夢を見続けさせてと、私は願った。
まもなくランディング。その時が迫ると、機長が客室乗務員に対して短いアナウンスを入れた。
”Cabin crew, please be seated for landing"
乗務員達はそれぞれ、決めらたれたシートに座りシートベルトとハーネスをつけた。
20:50 just、飛行機は香港国際空港に滑らかにランディング。
私は、そのまま自宅に戻ろうとしたが、アンディがどうしても家に一緒に連れて帰りたいとせがんだ。私にはまだ片付けなければならない事が残っていたので、明日の仕事帰り必ず訪ねると伝えたが、結局納得してもらえなかった。そして、二時間後にアンディが私のフラットまで迎えに来るということで決着し、私は一度自宅へと向かった。
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