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香港 #45

退院して数日後、私、アンディ、お兄ちゃんそしておばあさまの四人は日本行きの飛行機に乗っていた。
私とアンディの結婚を認めてもらうコト、兄とおばあさまが私の祖母に再会するコト、そして全員で母の墓参りをするコトと言う重要な用件を抱えての帰国だった。
あらかじめ電話で祖母には、今回三名の大切な人と一緒に帰るとだけ伝え、詳しい事は会ってからとしか言わなかったので、祖母は困惑して電話を切った。



香港を出て約五時間後、家に着いた。
玄関で四人がそれぞれ深呼吸した後、私がドアを開け「おばあちゃん、ただいま」と叫んだ。
祖母はすぐに笑顔で出て来てくれたが、私が連れて来た客人を一目見るなり様子が見る見るうちに変化した。そして泣き崩れて座り込み、顔を両手で覆った。
すぐさま、おばあさまが、ご無沙汰しておりますといいながら祖母に抱きつき一緒に涙した。
しばらくしておばあさまが離れ、祖母が両手を顔からはずすと、今度は兄が「おばあちゃん、会いたかった」と言ってハグした。
「羊ちゃん。一日たりとも忘れた事はなかったよ。私の中では小さい子供のままの貴方が、こんな立派な大人になって・・・・・二度と会えないと思っていたから。奇跡のようだね。嬉しい・・・会いに来てくれて本当に嬉しい」
そう言いながら祖母は兄の顔を両手でしっかりと挟んだ後、頭を撫でた。
そして、一番最後に私が、アンディを私の大切な人だと紹介すると、彼も祖母にハグし「はじめまして、よろしくお願いします」と言った。
祖母はとても驚いて「はじめまして、優亜がお世話になっております」と挨拶したが、祖母にとっては、突然の兄との再会がかなり衝撃的で、まだアンディが兄の弟だとは全く気づいてはいなかった。



私達四人は家に上がり、リビングの白いソファーに腰かけた。そして、祖母の用意してくれた冷たい緑茶と水ようかんを頂いた。

なかば放心状態の祖母が少し落ち着いた所で、まず今回の一番の目的が、アンディとの結婚を認めてもらう事であり、アンディが兄の弟だと話すと、祖母はそこでようやく、三人が一緒に来た理由やアンディの父が俊明である事を悟った。そして、大いに狼狽うろたえると、俯いたまま結婚は絶対認められないと言った。
それは、私達にはむろん想定内の事だった。


私は祖母へ、育ててもらった感謝を十分に述べた後、たとえ誰にも認められなくても結婚するつもりでいると、祖母には残酷なことを、心のまま正直に伝えた。

おばあさまは、自分の息子のせいで私の母を苦しめた事、子供を一緒に帰国させられなかった事を、私の祖母に何度も謝り、お願いできる立場ではない事を承知の上で、それでも、私とアンディの結婚をどうか認めてくれないだろうかと説得し続けてくれた。

祖母は、いつかは私が結婚相手を連れて来る日が訪れ、その相手はもしかしたら香港人で、二人で香港で暮らし、日本には帰らないのではないか?と不安だったと、そしてまた、もしかしたら母と同じように傷つけられた挙句、帰国するかもしれないのでは?と心配で心配でたまらなかったと言った。
だから本当は香港に行ってほしくなかったが、それでも、あまりに喜んでワクワクしている私に、どうしても行かないでと最後まで言えず我慢したと。
そして、祖母にとって最悪の想像通り、私が香港人を連れて来た。
母子して、なんでそうなるのか?よりによってどうして俊明の息子なのか、やっぱり許せないと言った。

「どうしてこんなこと・・・この広い地球の中で」
何時かの私の思いと同じセリフを祖母がはき、深いため息をついた。


でも、私も何を聞いても引かなかった。
「人生は一度きりだから。おばあちゃん、本当にごめんなさい。私はやはり、アンディと一緒に生きていきます」
と告げた。

私の意志の強さに、祖母は何を言っても無駄と思ったらしい。
母の結婚を大反対した時の母の目と私が同じ目をしていて、私の頑固さは母譲りだと嘆いた。


アンディ、兄、おばあさまも加わっての何時間も堂々巡りの話し合いは平行線のまま、祖母の意志もとても強かった。
最後はおばあさまが祖母と二人だけで話がしたいと言ったので、私とアンディと兄は二階に行った。







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