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香港 #36

母の満中陰法要は6月になるのだろうと思っていた。
しかし、4、5、6と3か月跨ぎは縁起が良くないから、法要はを5月末に執り行うと、祖母が早い目に電話をかけてきてくれていた。

私は、帰国中に診察を受けられないかと考えた。だが、母の法要の為に帰国するそのタイミングを利用してはたして良いのだろうかと躊躇もした。
しかし、どう考えてみても日本で病院に行くのが一番安心ができる。そして、その好機を逃す手はないと考え直し、スマホで病院を探した。

シンガポールに居るアンディからは毎日のように電話がかかってきた。妊娠したかもしれない喜びを伝えたい気持ちも心のどこかにあったが、はっきりとお医者様の診断結果が出てからの方が良いと思い、また、やはり直に彼の目の前で話たかったので、その件は黙ったまま、ありふれた日常の会話をし、早く会いたいとだけ伝えていた。



せっかちな祖母の連絡のお陰で、事前に仕事のスケジュールを上手く調整でき、私は帰国した。
祖母は一気に白髪が増えていて、とても弱弱しく見えた。年の割に若々しかった祖母が急に老人になった気がした。どれほど辛くて淋しい毎日を一人過ごしていたのかと想像すると、胸が痛かった。そして、側に入れない事を深く詫びた。
祖母は逆に、私の顔色の悪さや食欲のなさ。そして私の雰囲気がとても変わったようだと、とても心配していた。
私は、ただ仕事が忙しいからと曖昧な答えしかできなかった。


母の法要を無事終えた翌日、朝早くから家を出ようとした私に、祖母はせっかく帰国したのにもう帰らなければならないのか?もう数日いる事はできないのか?と、とても悲しい顔をした。その祖母に後ろ髪をひかれたが、心を鬼にして振り切るように家を出た。そして、先に調べていた空港の近くの病院へ足早に向かった。


診察を受けると、医師から明るい声で「おめでとうございます」と告げらた。見せてもらったエコーの画面には、まだ人ともわからない、小さな小さな何かが見えた。そして心音がドクドク言うのが聞こえた。
私の中に宿った一番愛するアンディとの赤ちゃん。奇跡を見ている様だった。もしも、もしも仮に、彼が喜んでくれない事があったとしても、私はどんな事をしても一人でもこの子を立派に育てる。世界一愛する彼との子供。この命があまにりも愛おしすぎる。そう心に強く感じた瞬間だった。
そして、私は喜びのあまり涙を流した。


早く香港に戻って、アンディの帰りを待とう。
できるなら彼と家族になり一緒にこの子を育てたい。
でも、もし駄目でも、一人で育てるのは不安だらけで怖くても、
この子は絶対に産む。覚悟はできた。


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