見出し画像

香港 #27

「ただいま」
自然な声のトーンを装い家に戻ると、
「おかえり優亜、疲れたでしょ。お茶をいれるね」
と、祖母はいつもと変りなく温かく迎えてくれた。
「ごめんね、おばあちゃん。こんな時に一人にしてしまって」
「何言ってるの、仕事は大事だよ」
そんな普段通りの何気ない会話を繰り返していると、私は申し訳ない気持ちで一杯になり、泣きそうになった。
「今日の午後と明日一日、それからあさっての午前中は、おばあちゃんの為に使うから何でも言ってね」
と言うと、祖母はとても嬉しそうな顔をした。



午後になり、一緒に庭の手入れをしたいという祖母の希望で、私はあまり得意ではないガーデニングを手伝う事になった。
「美英は花が大好きでね。特にこの黄色の薔薇が好きだったんだよ」
少し元気のない花びらに優しく触れながら祖母は涙をぽろぽろ流したが、どんなに悲しくても話たいと言った。思い出して話す事、伝える事が一番の供養になるのだから話したいと。だから私は、そんな祖母の気持ちを汲んで、香港に戻るまでは出来るだけ祖母が語る母の話を聞いてあげようと思った。


祖母に教えてもらいながら、買い置きされていた種を蒔いたり、花の株分けをしたり、草引きをして庭に手をかけた。またその間に祖母がする数々の思い出話に、時に一緒に泣き、時に笑った。

数時間が経ち日暮れの少し前になると、私は土で汚れた手袋を外し、汗ばんだ両手をこすり合わせた。次にその手を腰に当て、清々しい気持ちで見渡すと、荒れていた庭は見違えるくらい綺麗になっていた。弱弱しく思えた薔薇の花も輝き出した様に見えた。


いいなと思ったら応援しよう!